テーマ:学校

もはや自分の物事に感動するセンサーが錆びついているようだ

 今日もまた、愛三文化会館で開かれている「大美展」に女房と一緒に出かけて行った。  この「大美展」は絵画団体の大美会による年1回の絵画展だが、私の住んでいる市には「大府市民美術展」、通称「大美展」も同じ会館で3月に開かれているので、少々ややこしくなっている。私もよく感じ違いをする。  後援は大府市教育委員会と中日新聞社となっているの…
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「いつも学年で5番以内の女の子」は最近、クラス会に出てこない

 58年ぶりに中学の同級生に会ったことから、いやでも中学生時代の自分を思い出すことになる。  だが、中学からの友だちが昨日のブログの中で、私のことを次のように書いていた。  【中学3年で初めて転校生(私のこと)と同じクラスになったが、ひょうきんな男ですぐに友だちになった。成績もよく、私たちのクラスにはいつも学年で5番以内の女の子がい…
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26日の中学クラス会の写真整理が終了した

 一昨日は3年ぶりに開かれた中学のクラス会であったが、誰もカメラを持って来ないことも想定して、私はいつもコミュニティ推進協議会の行事の撮影時に使用しているデジタルカメラを持参していった。  やはり、出席したクラスメートの誰もカメラを持って来なかった。幸か不幸か、私の勘は当たってしまった。同じ活魚料理店での2次会が終わろうとしたとき、私…
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昔話に花が咲き、あっと言う間に6時間が過ぎていった

 昨日は、中学のクラス会が開かれた。  今回で、この中学のクラス会は何回目になるだろうかと考えてみた。おそらく20回は超えているかも知れない。担任だった先生の呼びかけの努力もあったが、それより何より、それほど絆の強いクラスであったことだけは間違いない。  すでに満74歳になるクラスメートもいる。もうすぐ後期高齢者となる。  出席者…
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東山動物園のイケメンゴリラは、ネット上で人気者になっている

 中日新聞の電子版で、この地方のニュースを読んでいたら、【東山動植物園、250万人超す勢い 15年度、暖冬の影響も】という見出しの記事が載っていた。  <二〇一五年度の東山動植物園(名古屋市千種区)の入園者数が一九九六年度以来十九年ぶりに二百五十万人を超える可能性も出てきた。    (中略)  入園者が増えた要因の一つに、園はイ…
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母校というのは幾つになっても、郷愁を誘うところのようだ

 私は古書店巡りが趣味の一つだが、そこで外山滋比古氏の著作を見つけるとすぐに購入して、就寝前にその本が読み終わるまで、毎日30分ほど読むことにしている。  「日本語」や「英語」に関する著作が多く、読んでいて飽きないこともあるが、実は外山氏が高校の大先輩であることも、氏の著作を読む理由でもある。  今年の2月に同じ高校の友だちと母校を…
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若かった自分の軌跡がそこにある

 先だって、中学3年の時の担任が私たちの卒業後にクラス誌を作ってくれたという話をこのブログで紹介した。  そのクラス誌は、担任から指名された卒業生たちが原稿を書き、担任自らが校正をして蝋をひいた原紙をヤスリ盤に乗せ、鉄筆で一つひとつ文字やカットを刻んでから、印刷製本したものである。それをするには多くの労力を掛けなければ出来上がらない。…
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「お帰り!」私は無意識に反応していた

 今週に入ってから、女房は陶芸教室に入り浸っていることが多くなった。  月曜日だけは1時間ほどで帰ってきたが、火曜日からは朝の9時から、午後3時までだと言って出掛けるが、窯の温度が思惑通りに上昇しなかったと言い訳をしながら、午後5時を過ぎて帰ってくる日が多くなった。  今年は窯だし当番を仰せつかったことは聞いていたが、このところ毎日…
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第七回(昭和四十一年八月二十一日) 中学のクラス会

 昨日、中学3年のときの担任が、私たちが卒業してから「クラス誌」を発行していたが、その「クラス誌」の3号が一人の同級生によって復刊されたことを書き込んだ。  そこには私が21歳のときに幹事を務めたクラス会の様子を綴った文章が載っている。  このブログに書き込んでいる私の文章は回りくどくて、ダラダラと長いが、このクラス会の様子を綴った…
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長い年月が経って、街並みは大きく違っていた

 昨日、中学のときの友だちと一緒に、私の車で3年生で同じクラスだった同級生の家を訪ね歩いた。  私は女房の軽自動車で、北名古屋市からやって来る友だちを自分の住んでいる市のJR駅まで迎えに行った。前もって、名古屋の金山駅を午前10時06分の電車に乗ると連絡をもらっていた。  敢えて、女房の軽自動車にしたのは、これから住所を頼りに訪ねて…
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あの日の『たしかさ』は今も流れている

 中学3年のときの担任は、実にこまめな人で、私たちが卒業してからも、自ら送り出した3年生の生徒のために「クラス誌」を発行していた。その「クラス誌」の名前は「麦の歌」と名付けられた。残念ながら、3号で廃刊となってしまった。  その「麦の歌」に大きく関わっていたクラスメートが、その3号だけであったが、半世紀以上の時を経て、復刻版を作ってく…
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くちなしの花には忘れられぬ思い出がある

 毎月の4日か5日に私は女房と一緒に菩提寺にお墓参りに行くことにしている。4日は養母、5日は養父の月命日だからだ。  朝食を食べ終わって午前9時ごろになると、夜明けに土砂降りだった雨も小雨となったので、女房の軽自動車に乗って出掛けて行った。菩提寺は車で、7、8分のところにある。  いつもなら、お墓参りに来ている何組かの家族連れに出会…
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中学の同級生が開くグループ写真展

 2、3日前、中学時代の女性の同級生から葉書きが届いた。  知立市の画廊で6月26日から30日まで、グループ写真展をやるので、ぜひ観にきて下さいという招待状であった。  そう言えば、1年前のクラス会のとき、60歳になってから写真教室に通い出し、さまざまな写真技法を勉強して、今ではあちこちに写真撮影に行っていると話していたことを思い出…
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耳を澄まして、じっと自分の声を聞くことです

 私は去年の11月にペースメーカー植え込み手術を受けるために21日間入院したが、そのとき、退屈しのぎに18冊ほどの単行本を病室に持ち込んだ。  そして、真っ先に読みだしたのが、蓮見圭一氏の『水曜の朝、午前三時』であった。  と言うのは、私はそれより先に蓮見氏の『ラジオ・エチオピア』を読んでいて、いずれはこの本を読んでみたいと思ってい…
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私は教師が主人公の小説が好きだ

 今朝、8時半ごろに起きてみると、女房はすでに陶芸教室に行ったあとだった。  台所のテーブルにベーコン・エッグが置いてあり、ガスコンロの上には味噌汁の鍋がのっている。蓋を取って中身を確認すると、味噌汁の具はワカメとアブラゲであった。  いつもはテーブルの上に置いてあるメモ書きがない。  どうもテーブルの状況から察すると慌てて出掛け…
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英語の辞書に掲載されている幾つかの日本語に触れて

 2月21日付の中日新聞のコラム「中日春秋」に次のような文が載っていた。  【子どもの教育にはお金がかかるが、ばかにならないのが学習塾の費用だ。最近、文科省がまとめた調査結果によると、例えば公立中学校の場合で、年間に使う学習費の四割近くが学習塾費らしい。  日本式は独特なのか、英語辞書にもそのまま「juku」が載る。「cram(クラ…
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On your mark, get set , Don!

 今日のアルバイト先の勤務は、午後1時から8時までであったが、午後6時には仕事がほとんど片付いていて、あとはのんびりと外山滋比古氏の『少年記』という自伝を読んでいた。  外山少年は小学生のとき、同じ歳の神童と呼ばれた友だちとよく遊んだが、そのときの様子が次のように書かれていた。  <そのころ、ふたりが走るときのかけ声に オーヤマゲッ…
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「だいじょうぶ。おまえなら、きっとだいじょうぶ」

 今日、乙武洋匡さんの小説『だいじょうぶ3組』を読んだ。  9月の始め、この本が近くの本屋さんに平置きされていたのを見たとき、私は気にもせず、スルーをしてしまった。たぶん、お涙頂だい的な話が満載されているのだろうと勝手に思い込んでしまったからだ。  ところが最近、若い女子大生たちの会話の中に、やたら「やさしさ」という言葉が飛び出して…
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歳月は、高校時代のままでいさせてはくれない

 私は県立刈谷高校を昭和37年(1962年)に卒業した。15回生であった。  それから48年間、私が記憶している限り、クラス会はもとより、同学年の同窓会というものが一度も開かれなかった。ところが今年の7月に入ってから突然、9月25日に15回生の同窓会を開催するとの通知が届いた。  だが、私は出席を躊躇した。このブログのトップページに…
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グローバルビジネス科クラスメートの結婚報告会

 今日は4年前、名古屋市にある外国語学校I.C.NAGOYAのグローバルビジネス科で一緒にビジネス英語を学んだYoshikoさんの結婚報告会が、午後1時から名古屋駅高島屋12階のイタリアン・レストランであった。  夫君はI.C.NAGOYAで事務をやっていて、4年前には私たちグローバルビジネス科の世話係をやっていたShinjiさんで、…
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それは顔が紅らんでくるような青春時代の1コマであった

 9月25日に高校の同学年だけの同窓会をやるとの案内状をもらってから、改めて色んな事を思い出すようになった。特に先だって、高校で同じクラスだったOHが47年振りに電話をくれたこともあって、突然、高校時代のことが映画の1コマのように浮かんでくることがある。その映像はやはりセピア色である。  昨日もアルバイト先で午後1時から8時まで仕事で…
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私は悩ましい問題を抱えてしまったようだ

 昨夜の午後8時半ごろ、PCを開いてニュースを読んでいると女房が電話の子機を手に持って、「N大学で一緒だったOHさんという人から、電話が入っているけど、どうする?」と聞いてきた。  以前、高校の同窓生とかN大の同級生とか名乗って、株券や証券の勧誘の電話がたびたびあったので、今回も女房はそんな勧誘の電話かと警戒しているようだった。  …
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今日が楽しければ、明日もきっと楽しいはず

 私は平成17年11月に38年間のサラリーマン生活に終止符を打って、人生の半分以上を過ごしてきたはずなのに余り多くを語らずに会社をRetireした。  それまでの忙しさから解放されて、私は深く考えもせずに失業保険の受給を受けていた。1ヶ月から2ヶ月は毎日が日曜日と気楽に過ごしていたが、日が経つにつれて、果たしてこれが本当に自分が望んだ…
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「欠席します」欄に○印を付けて、返信しようと私は思っていた

 突然、玄関の方向から女房の声が聞こえてきた。  「今から外出するから、ついでに出席に○を付けて出しておくから」 私には女房の言うことが何のことやら、さっぱり分らず、どう返事をいいのか要領がつかめない。  「お父さん宛にね、今日、高校時代の同窓会の案内が来てたの。だから、出席するって返信用の葉書を出しておこうかと思って。日時と場所は…
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若さと引きかえに何を得て、何を失って老いてきたのであろうか

 「オレさ、中学1年生のとき、東中の奴らからアケミちゃんを奪還しに、わざわざ東中まで行ったんだぜ。アケミちゃん、そのこと覚えてる?」 2年半振りに開かれた中学のクラス会で突然、トッチがアケミちゃんに向かって言い出した。  「突然、何を言い出すのよ。50年以上も前の事なんて、覚えてる訳ないでしょ」 早速、乾杯のときのビールが回ってきたの…
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Pardon!Pardon!Pardon!

 私はまったくキザで嫌なヤツだ。  私は没頭し出すと前後の見境がなくなってしまうタチで、ついつい頭に切り替えができずに失態を演じてしまう。決して悪気がある訳ではない。  またぞろ、英会話の勉強がしたくなったせいでもあるまいが、先だってもコンビニから出ようとしたときに30代のご婦人にぶつかりそうになって、思わず「Pardon!」と口走…
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クラスメートが元気な様子でほっとしている

 先月、2年半前に台湾の人と結婚し、現在台湾の台中県に住んでいるKomineさんから旧暦の新年を祝って、私のところに挨拶状が届き、私は苦手なAIR MAILを避けて、失礼とは思ったが、PCで次のように返事を送った。    <略>    中国語は慣れましたか。    日本語を教える仕事は大変だとは思いますが、    考えようによっ…
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言い過ぎのところがあれば、天国で誤ればいい

 「Issaくん、ちょっと相談に乗ってくれない?」   ゴールデン・ウィークを1週間後に控えたある日の放課後、私が文芸部の部室で後輩部員と談笑していると3年4組のノンちゃんが深刻そうな面持ちで、私を尋ねてきた。  ノンちゃんとは中学2年と3年のときに同じクラスだった。ノンちゃんは軟式テニスの部員で、2年生の3学期を迎えた頃、部員でも…
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戯れにセンター試験、やがて揺れつつ自信喪失

 17日の朝刊に大学入試センターの問題と解答が掲載されていて、このところ、アルバイト先で昼の休みには国語の現代文と英語の問題を解いている。  国語の現代文の第1問は岩井克人氏の「資本主義と『人間』」という評論からの出題で、私には余り興味のない内容なので読むのには手こずりはするが、気を緩めずに取り組めば何とかなりそうだ。第2問は中沢けい…
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どんな人生でも、それなりに価値があるものだ

 Issaが通っていた中学校は、俯瞰図を描いてみると東から順に二階建ての校舎棟が三つ並んでいる。手前から3年生の棟、その奥が2年生、そしていちばん奥が1年生の棟になっていて、2年生の棟と1年生の棟の間に中庭があり、その半分が軟式用のテニスコートになっている。  Issaが2年生になってすぐの頃、放課後に二階の教室の窓から、そのテニスコ…
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