私は教師が主人公の小説が好きだ

 今朝、8時半ごろに起きてみると、女房はすでに陶芸教室に行ったあとだった。
 台所のテーブルにベーコン・エッグが置いてあり、ガスコンロの上には味噌汁の鍋がのっている。蓋を取って中身を確認すると、味噌汁の具はワカメとアブラゲであった。
 いつもはテーブルの上に置いてあるメモ書きがない。
 どうもテーブルの状況から察すると慌てて出掛けていったようだ。あとは言わずもがな、味噌汁は自分で温めて保温状態となっているジャーから適当にご飯をよそって食べろという女房の暗黙のサインだと私は受け取る。 
 今日も夕方まで一人で過ごさなくてはならない。
 朝食を済ませてから、私はとりあえず、小雨の中、近くのコンビニに行って昼食用のハムサンドとおにぎりのこんぶとしぐれを買ってきた。歳を取ったせいか、雨降りに傘を差して外出するのが最近は億劫になってきた。
 私は女房が帰ってくるまで、読書をしようと思い立った。
画像 丁度、先だって飛鳥井千砂さんの『学校のセンセイ』を読んで、再び瀬尾まいこさんの『図書館の神様』を読んでみたいと思っていたところだった。再読ということもあって、3時間ほどで読み終えることができた。
 『図書館の神様』の主人公は4年後には統合されることが決まっている鄙びた高校の講師・早川清(きよ)が主人公である。
 彼女は高校までクラブのキャップテンとして、日々バレーボールに打ち込んできたが、試合でミスを犯した部員の自殺という事件に遭遇する。自分の言葉が引き金となったと周囲から思われて、彼女はバレーボール部を退部した。その後、大学を卒業しても投げやりの気持のまま、今は高校講師を続けている。
 ある年、生徒の希望を聞いてクラブを作ろうということになり、一人の男子生徒が希望して、文芸部が創設される。国文科卒ということもあって、彼女が文芸部の顧問に指名された。ところが入部してきたのは垣内君という3年生の男子生徒たった一人という現状であった。
 地方小都市、たぶん京都府の山間の高校で意に染まぬ仕事、部活動顧問、おまけに恋人とは不倫関係というのが主人公の置かれた状況で、さまざまな人間が交わり合って物語は進行していく。
 部員一人で顧問一人ということは、瀬尾さんの教師生活で実際に経験した事実だったようで、そのあたりのことを瀬尾さんはエッセイ集『見えない誰かと』の中で、次のように述べている。
 <文学部(実際の名称)の活動は、不思議なものだった。時々、会議をしてみたり、文学部ノートを作って詩を書きあったりした。でも、ほとんどは彼が一人で黙々と文学について調べていた。ものすごくたまに質問されて答えることもあったけど、彼は一人で穏やかにいろんなことを考えては、言葉に変えていた。私はたいしてすることもなく、彼が読みかけている本をぱらぱらめくったり、ぼんやり彼の活動している姿を眺めているだけだった。それでも、彼の書く言葉を見るのは楽しく、ただそれだけでおもしろかった。>
 唯一の部員である彼は学校で一番運動神経がよく、周りの人からも「あいつが文学部にいるのはもったいない」と言われていたが、あるとき、彼が文学部ノートに「僕が今までで一番幸せだったのは、かけっこで一番になったときでも、テストで百点取ったときでもない。それは希望通り文学部ができたときだ」と書いてあったのを見たときに、それで十分文学部は意味があったと思ったそうだ。
 そして、小説の中で、卒業式の日に1年間、付き合った顧問と部員との最後のやり取りを次のように描写している。
 <卒業式の日、私と垣内君は、
  「おめでとう」
  「ありがとうございます」
  「これからもがんばってね」 
  「はい」
  の四つの言葉しか交わさなかった。
  私は何だか物足りなかった。一年近く、一対一でいろんなものを共有してきた私達が、こんなにあっさ
  り二度と会えなくなってもいいものなのだろうか。
  だけど、生徒ってそんなものなんだ。教師は特別な存在でもないし、友達でも何でもない。ただの通過
  点に過ぎないんだなって。それでいいんだと思う。それがいいんだと思う。>
 教師は特別な存在でもないし、友達でも何でもない。生徒にとってはただの通過点に過ぎない。そして、教師にとっても哀しくも辛い通過点だが、やはり教師に求められるのは次の年の新しい生徒たちとの出会いに向けて、自ずと胸を躍らすことができる資質を持つことなのかも知れない。
 私はさまざまな出会いと別れが描かれる、教師が主人公の小説が好きだ。

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