今まで見せたことのない<テレ笑い>を浮かべていた

 この2、3日の急な暑さには、ホトホト閉口している。エアコンを使うのを止めて、できるだけ多くの窓を開けて寝てみたが、余りの寝苦しさに何度か夜中に目が覚めてしまった。
 今日、午後3時にアルバイト先から帰る途中、駅前のロータリーのところに備え付けられているデジタル温度計が、35℃を表示していた。このところ、気温も上がると同時に湿度も上がってきており、家に帰ったときには、体中汗ビッショリで、これから名古屋まで出掛けていって、英会話の授業に出るのが少々億劫になってきた。いつの間にヘタレ根性が身に付いてしまったのだろう。
 だが昨日、予習は充分にやってあり、しかも気心の知れたRaymondの授業だということを思い出して、私は急いでシャワーを浴び、汗が引くのを待ってから、いつも通りの電車に乗った。
 授業開始20分前に教室に入って、明日のテキストを読んでいるとRaymondが入ってきて、早速私に話し掛けてくる。
 「ISSA、久し振りに休暇が取れて、カナダに帰ることになったよ。たった4日間だけど、4年ぶりに家族に会えるよ。」
 私が奥さんも一緒か?と尋ねるとRaymondは、「当然だよ、カナダは8月が一番いい季節なんで、何とかならないかと大学や英会話学校と調整してみたが、どうしても休暇が、9月しか取れなかったんだ。」
 さらにRaymondは言葉を続けて、いかにも理解できないという表情で尋ねてくる。
 「ところで、ISSA、なぜ、セントレア空港からカナダの直行便が出ないんだろうか。セントレア空港は国際空港ではないのか?」
 私は、たぶん乗客の座席占有率がペイポイントを下回って、最近になって中止になったのではないかとつい曖昧な返事をしてしまい、すぐにそれはあくまでも私の意見だと断ったが、Raymondは、たった4日間の帰省なので、成田まで行かなければならない時間が本当に勿体ないと嘆く。私が関西空港の方が早いのではないかと言うと、関西空港は乗り継ぎが多く煩わしくて、返って時間が掛かってしまうと言う。
 セントレア空港から出発できないのが、いかにも残念といった表情である。
 考えてみれば、始めてRaymondに会ったのは丁度3年前で、その間、グローバルビジネス科の授業も含めて、私は彼の授業を150時間以上受けてきた。彼の話す英語に対する慣れもあるだろうし、きれいな発音だということもあるのだろうが、それより何より、彼の真面目さがこちらに伝わってきて、今では彼のしゃべる英語は90%近く理解できてしまう。
 と言うことは、彼の話す言葉のトーンで、彼の感情をある程度読み取ることをできるようになっていて、彼がどんなに冷静さを装っていても、奥さんと一緒に4年ぶりにカナダに帰ることが、いかに嬉しいことで、子どものように心待ちにしているかが、私には分ってしまうのである。
 いつもなら、Raymondは、英会話学校があるビルの地下1階のカフェに寄り、時間調整してから教室にやってくるのだが、今日は、どうもカフェに寄らずに真っ直ぐに教室にやって来たようだ。自分が今年の9月、4年ぶりにカナダに帰ることを、一刻も早く誰かに話したかったのではないだろうか。
 私が思い切って、「最近、ホームシックになってる?」と尋ねてみるとRaymondは、不意を付かれたのか、今まで見せたことのない<テレ笑い>を浮かべていた。 

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