サラリーマンにとって、取締役の椅子というのは憧れであった

 サラリーマン経験のない人には、椅子という言葉の響きはさして気にはならないかも知れない。
 ただ長年サラリーマンをやってきた者にとっては、社長の椅子とか専務の椅子とかいうときの椅子には、言うに言われぬ憧れの響きがあり、椅子を逃した退職者には、ある種特別な感慨をもたらす言葉である。
 サラリーマン現役時代、私の勤めていた会社は愛知県半田市に新しい工場を建て、私が担当していた製品の多くがその新工場で製作されることとなり、私は先発隊として、本社の仲間30人とともに出向して行った。
 その内訳は18人が製造部門で、残りの12人が間接部門であった。なお製造部門には現地採用の6人が加わり、本社出向組の製造課長が束ねた。
 そして、その間接部門12人の業務内容は、営業担当が3人、受入検査を含む品質管理が3人、外注管理を含む生産管理3人、生産技術担当が3人というものであった。そのほかに倉庫管理2人と運転手1人は現地で採用し、総務関係は私が兼務し、間接部門の15人は私が管理統制した。工場長は本社の技術担当の常務が兼務した。

 バブルの時期と重なって工場移転してから、ありがたいことに私が担当する客先の売上を5年の間に15倍に伸ばすことができた。
 その都度、工場は順々に拡張されていき、5年後には今後の売り上げ増に備えて、物作りの工場には、実に不釣り合いな事務所が建てられた。
 そのとき、新工場の責任者であった本社の常務が、私に向かって「ここまで来たのは君の営業努力のお陰だから、事務所のレイアウトは君の思い通りにやってくれて構わないから」とお墨付きをもらった。
 私なりに一度は考えたが、私の直属の部下はそのとき18人にまで増えており、部下の自主性にすべて任せて、私は一切口を出さない方がいいと思い、「自分の席はどこでも構わないから」と告げた。
 ところが、客先から帰ってみると私の席だけ別のところに設置されていた。おまけに脇机の上には花瓶に花が活けられ、本机の上には真新しい緑の敷物が敷いてあり、私専用の電話機までが置いてあった。
 この工場に間接部門12人で引っ越してきたときは、「何で、自分は島流しに遇わなければならないのか?」と愚痴をこぼす部下もいたが、1年経ち、3年経ち、5年経ってみると、引っ越してきた当初は年間1億強の売上だったものが、不釣り合いな事務所が建って1年後には、年間27億の売上になっていた。
 島流しの工場だと肩身の狭い思いをしていたものが、いつしか儲け頭の工場になっていて、愚痴をこぼしていた部下も鼻高々となり、私に付いてきてよかったとの思いが、私の新事務所の椅子の位置に反映されていた。
 私もそうした机や椅子の位置を気にもせずに必死にやってきたが、私が満55歳になり、役員定年を迎えると机や椅子の位置が私の知らない間に一変してしまった。
 一般の社員の末席に、私の机や椅子が変えられてしまったのだ。
 肩書も訳の分からぬシニア・マネージャーとなっていて、何のことはない、私の業務は客先に対するクレーム処理であった。
 自分の冒したミスでもないのに客先にミスの原因の説明や謝罪に行くのがどうしても納得できず、ストレスは溜まるばかりであった。
 しかも、基本給は20%カットされ、役職手当も資格手当も撤廃されて、5年後の60歳定年を待つだけの身になってしまった。
 まさにサラリーマンにとって、取締役の椅子というのは憧れであった。
 だが、55歳の役員定年で、その椅子に座ることは絶望的となった。私は定年延長を要望されたが、年度末を待たず、厚生年金が満額支給される満62歳の誕生日に会社をRetireした。

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この記事へのコメント

2021年04月09日 13:15
役員ですか。
私は社内で嫌われても、社外の方に評価される会社員生活を送ってます。
昼食を自腹でおごっていただいたり、自社に転職してこないか?など、社内より客観的に評価してくれます。
仕事でお付き合いのあった社外の方に感謝されているのでは?
会社生活を振り返るときには、そのほうが、心穏やかかもです。
issa
2021年04月09日 19:05
一般人さん、確かに私も取引先の方から、うちへ来ないかと2社ほどに誘われましたが、サラリーマンを続けるよりも英語を学びたいという気持の方が強く、せっかくのお誘いをお断りしました。今はコロナ禍で学校へ行けませんが、終息したら、もう1度、英語を勉強したいと思っています。