私は今もまだ自分の身の置きどころに悩んでいる

 私は満62歳の誕生日に会社をRetireした。
 なぜ、満62歳に拘ったかと言えば、1944年生まれの私は満62歳にならないと厚生年金が満額支給されなかったからである。
 38年間もサラリーマンをやってきたが、55歳で役定になったとき、すべて裁量権を会社組織に奪われてしまった。それからの7年間はクレーム処理ばかりをやらされて、とても満足感が得られるような日々は送れなかった。
 やっと万62歳となり、さあ、これからは自分の気持に寄り添いながら、充実した日々が送れると思っていた。だが、現実はそんな甘いものではなかった。
 厚生年金だけで悠々自適な生活はとても送ることはできない。日常生活の費用を補うためにシルバー人材センターの会員となり、市営駐車場の管理人をやったが、時間に縛られる生活はサラリーマン時代と変わらなかった。
 市営駐車場の就業満期の5年が過ぎ、その後の2年間は限られた季節だけの仕事やスポット仕事をやり、何とか自分の自由な時間が持てるようになったが、とても充実した気持を持続できる状況になることはなかった。
 本当にやりたいことは何か、自分でも分からなくなってしまった。それは76歳になった今も変わらない。
 2008年にそんな自分の気持を散文詩にして、このブログにUPした。
 内容は次のようだ。今もまだ自分の身の置きどころに悩んでいる。

 人間は、幾つ出来事を経験したら、自分の人生を卒業できるのだろう。
 小中学、高校と、大学も中退ながら、学業は人並みに経験し、片思いに近い、切ない恋の経験もした。
 世間並みに女房をもらい、しがらみ多い世の中で、親離れの経験もしたし、子供も二人授かって、人並みに親心も味わった。
 娘を隣り町に嫁にやり、人並みな寂しさや家族の絆の嬉しさを味わって、子離れだってスムーズにいった。

 でも、卒業式はまだ来ない。

 何一つ、きっちり、単位が取れなくて、独りよがりの経験ばかり。
 真剣に生きていますといくら叫んでも、中途半端に生きて、中途半端にやり終えた気分になっているだけのことなのかも知れない。
 それなりに苦しんだ振りをして、喜ぶポーズに馴れもした。
 無くしたものの尊さに泣き、愛される喜びも少しは経験できたけれど、それも、みんな向こうからやって来ただけのことで、自ら望んで仕掛けた訳じゃない。
 自分の血脈が途切れず、孫に受け継がれていくのを確認できて、ただ訳もなく喜んだりもした。
 それって、本当に意味のあること?
 それって、卒業に必要な単位?
 答案用紙はいつも白紙。
 確かに、皺の数だけ、経験し、生きてきた長さの分だけ、恥をかいた。
 それもこれも、単位の取れない役に立たない経験だらけ。
 何もかも、分った振りをして、分別くさく生きてきただけのことかも知れない。

 卒業式はまだ来ない。

 いつまでも、仮免許で運転しているような人生だ。
 家庭を作ることも、父親としての振る舞いも、やっぱり、仮免許で運転しているようで、いつまで経っても熟練しない。
 親として、人生の先輩として、子供たちの手本になれるはずもなく、ただ、今日を生きて、明日もまた、今日と同じように生きていく
 何につけても不器用で、ただ、おろおろ自分を生きるだけ。

 人生の卒業式は、いつ来るの?

 63年間の人生で、死ぬほど好きになった人がいて、経験をしたことのない愛し方で12年も過ぎた。
 価値観を共有し、指折り数えて10年余り、彼女の優しさからも卒業できず、忘却からも卒業できず、自分の恋はやはり、仮免許のまま。
 この12年、彼女が自分に何を求めてきたのか、心の底の気持も聞きもせず、ただ、成り行き任せでいるだけのこと。
 恋の卒業式など、夢のまた夢。


 人生の卒業式はまだ遠い。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント