紫パプリカの色合いに私はびっくりして、思わず写真を撮ってしまった

 今朝、女房が自家菜園から紫パプリカを採って来た。
DSCN7212 (2).JPG 女房は他の葉物野菜と一緒にサラダを作り、よく食べている。パプリカは、私が嫌いなピーマンと同じような気がして、そのサラダを食べたことはない。
 ネットで調べると、パプリカは緑色のピーマンの完熟形で、完熟した赤いピーマンは未熟な緑のピーマンに比べて甘味が増し、独特な青臭さが抜けているとのことである。
 だが、緑色のピーマンの完熟形であるパプリカの色は赤、黄、オレンジだけでなく、白(象牙色)、ミント色、薄紫、濃紫、茶などもあるとのことである。
 糖度は常に7~8度あり、子供にもおやつとして食べることができる甘さだということだ。こうした糖度が高く、そのまま食べることができるパプリカは「スナックパプリカ」という品種だということである。
 いずれにしても、女房が採ってきた紫パプリカの色合いに私はびっくりして、思わず写真を撮ってしまった。

 女房が今日一日は忙しいということなので、私は1人で「あいち健康の森公園」と「げんきの郷」に出かけていった。
 「げんきの郷」の駐車場で、急に声を掛けられ、ご丁寧に頭を下げられたので、びっくりしてその人の顔を凝視してしまった。
 私は三菱重工の営業担当をしていたが、その三菱重工の大幸工場の工場長をしていた人だった。
 私は同じ三菱重工の枇杷島工場の資材部次長の紹介状を持って、その大幸工場の工場長に図々しくも自社の設備に合った新規製品が出たら、見積依頼賞を送ってほしいとお願いに行った。確か、私より10歳ほど年上だったので、今は85歳になるのではなかろうか。
 その工場長は競艇が好きなことから、互いの性格を知るためにも一緒に常滑競艇場に行かないかと誘われた。待ち合わせ場所は常滑競艇場内の右手を上げた巨大な招き猫のある広場で、時間は午前11時であった。今から40年も前のことである。
 余談だが、右手(前脚)を挙げている猫は金運を招き、左手(前脚)を挙げている猫は人(客)を招くとされている。
 その工場長は午前11時ぴったりにやって来た。2人で指定席に入り、100円単位の舟券を買って、2人はそれなりに競艇を楽しんだが、食事や飲み物はすべて割り勘であった。
 今では何を話したかは覚えていないが、私がどんな男かを探っていたのは、間違いない。
 2週間ほど経つと枇杷島工場の資材部次長経由で、私にお呼びがかかった。
 三菱自動車の高級車デボネアと北米向けのギャランのコンプレッサーをエンジンに据え付けるためのブラケットの見積図面であった。それまでの板金製からダクタイル鋳鉄に変更した図面であった。
 私はダクタイル鋳鉄を高浜市の鋳造メーカーに見積を依頼し、現有設備による加工方法の検討を技術担当の常務に依頼した。
 マシニングセンターの設備が必要だとの結論が出たので、常務経由で社長にマシニングセンターの導入をお願いしたが、余りにリスクが高いからということで、仕方なく私はマシニングセンターの設備のある協力会社にその加工を依頼した。
 ところが、ギャランの北米向けが好調となり、社長は余りにリスが高いからと見送りとなったマシニングセンターを導入すると言い出した。
 私は立ち上がりの際に無理を言った協力工場に迷惑をかけることになるので、それだけは止めてほしいと懇願した。
 今から思えば、社長と私との間がギクシャクし出したのは、そのときからである。

DSCN7260 (2).JPG 偶々、三菱重工大幸工場の元工場長に出会い、取引のきっかけを作ってもらったお礼を言い、改めて競艇場に私を呼び出した理由を訊いたところ、それこそ偶々、自宅が常滑市だったからだと教えてくれた。
 それほど競艇が好きでもなかったとも語っていた。
 2つの製品価格の合計は7千円近くであり、月産3千台を超えていたので、月の売上は2千万を超えていた。だが、3年後のモデルチェンジでアルミ製となり、アルミの専門メーカーに転注することになった。
 自動車のモデルチェンジは必須のことなので、私にはどうすることもできなかった。いわば、モデルチェンジに常に付きまとう宿命のようなものである。
 その人と別れたあと、常滑まつり以来となる常滑競艇場に行ってみた。
 そのときから競艇場はずいぶん変わってはいたが、巨大な招き猫は残されていた。だが、その広場の向こうは工事現場で、空に向かって高く伸びたクレーンが、キュキュという回転音を鳴らして動き回っていた。

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