女遊びをしていたなら、間違いなく、これほどの著作は残せなかった

 今日の市の公園のアルバイトは、午前7時45分から12時半までであった。
 建国記念日ということもあって、今日もバーベキュー場の利用者は2組あった。
 去年まで2月にバーベキューをやる人は皆無であったが、暖冬のせいか、今年は2月に入ってから、今日の2組で7組となった。
 今日の建国記念日は天気もよく、風もなかったので、次々に家族連れが公園にやって来る。
 だが、公園の目玉の一つである芝生広場は【芝生の養生】のために立ち入ることができず、芝生が根付くまで黄色と黒色の太いロープの規制線は張られたままになっている。
 また現在、砂場2ヵ所と3つの新しい遊具を設置するための工事が進められている。この区域もオレンジ色の横断幕で仕切られている。さらに噴水の上がる「じゃぶじゃぶ池」も水が冷たいので、温かくなるまで池の中では遊ぶことができない。
 救いは芝生広場意外にも芝生が植えられているスペースがあり、ほとんどの家族はその場所にシートを敷き、子どもたちはバトミントンやサッカーで楽しんでいる。
ゴイサギ.jpg 午前中の巡回のときに規制線が張られた芝生広場のど真ん中に、そこだけが変に盛り上がっていた。
 規制線を越えて芝生広場に入り、確認すると大きなゴイサギの死骸であった。
 カラスの仕業であろうか、ゴイサギの内蔵はえぐり取られている。
 私がアルバイトをしている公園の周囲は中部電力の高圧線が何本も張り巡らされている。年に何度か、その高圧線に触れて感電死した野鳥の死骸を公園内で見かけることがある。
 そう言えば、鳥インフルエンザの流行した年にもゴイサギの死骸が見つけたことがある。市役所の緑花公園課から絶対に鳥の死骸に触れないでくれという通達があり、専門業者が来園して、その死骸を処理したことがあった。
 そこで、どうしたらいいか、同じ公園で働くベテランの除草班に相談すると、自分たちがビニールの手袋をして処理するからと言ってくれる。やれやれと思い、再びゴイサギの死骸のところに行くと2羽のカラスがその死骸を引き摺っている。それこそゴイサギの死骸は頭と足以外は食いちぎられていた。
 童謡に歌われたカラスにイメージとはかけ離れた獰猛さを改めて目にすると、戦慄めいたものが背中を走っていく。
 幸いなのは、規制線の張られた芝生広場のど真ん中なので、公園に遊びにきた子どもの目に入らなかったことだ。

 アルバイトを終えて、昼食を摂りながらテレビを観ていると、元プロ野球の名キャッチャーで、監督としても日本一に3度もチームを導いた野村克也氏が亡くなったことが報じられていた。
 私は野村克也氏の1980年代の著作『敵は我に在り』シリーズや『プロ野球・野村克也の目』を読んでから、改めてプロ野球の面白さに目覚めさせられた。
 その後、最近の著書『イチローの功と罪』まで、私は野村氏の著作を何冊、読んだのであろうか。このブログにも野村氏の著作の読後感を書いており、今手元にある新書版だけでも15冊もある。
 そう言えば、1年ほど前に読んだ『巨人軍非常事態宣言』の「おわりに」の中で、野村氏は次のように語っている。
 <「我が人生に悔いなし」。こう思いながらあの世に行けるのだろうか?と最近考える。いまは悔いだらけで、とてもそんな心境になれない。
 悔いが残っているのは、まず女性だ。野球を辞めたら、女遊びでもしようと思っていた。ところが、監督になったことで構想が狂ってしまった。監督なんて肩書があると、間違ったことはできない。(中略)
 次に悔いが残るのは野球だ。将来を考えると、とても「安心して」とはならない。それでも、野球が好きだから、野球を見たり、語ったりしている時が一番楽しい。いまの生き甲斐はそれだけだ。>
 【悔いが残っているのは、まず女性だ】は奥さんのサッチーが亡くなった直後だから、半分は冗談のつもりの言葉なのかも知れない。
 野村氏の場合、女遊びしなくて正解だった。
 【野球が好きだから、野球を見たり、語ったりしている時が一番楽しい】というのは、野村氏の正直な気持を吐露した言葉だと思われる。だからこそ、幾つのも著作を書くことができた。女遊びをしていたなら、間違いなく、これほどの著作は残せなかった。
 今はご冥福を祈るばかりである。

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