ブログを含めた文章づくりが、私の定年後の新しい趣味なのかも知れない

 私はBIGLOBEウェブリブの会員で、記事を書くときは、まずブログ管理画面トップにアクセスする。
 その画面には【事務局からのお知らせ】という掲示板があり、そこに「(1/1)あけましておめでとうございます」というタイトルのお知らせがあった。
 開いてみると、「ウェブリブログ事務局 お正月 新年挨拶」との表題で、次のようなメッセージが載っていた。
 <新年明けましておめでとうございます。ウェブリブログ事務局です。2004年3月にサービスを開始したウェブリブログは、おかげさまで16回目のお正月を迎えることができました。>
 私はウェブリブログのサービスが開始されて、2年3ヶ月後の2006年の6月にBIGLOBEウェブリブの会員となった。
 その理由は、名古屋にある外国語学校で、2005年に一緒にビジネス英語の研修をしたあと、別々の生活をするようになったクラスメートへ、自分が元気で暮らしていますよというメッセージを送るためだった。
 今ではクラスメートが互いにメッセージを送るツールとして、FACEBOOKに置き換わってしまったが、私は毎日のようにクラスメートのFACEBOOKにアクセスして、「いいね」を送り、心の隅で「頑張れ」と呟いている。
 だが、私は自分という人間の存在証明のために、ウェブリブログを継続し、あえてプライベートのことまで書き込んで、恥をさらしている。思えば14年にもなる。
 だが、家族は誰一人として、私のブログを読んでいないようである。それだけ、存在価値が薄いのかも知れない。
 そんな気持が心の中をよぎるとき、私はいつも自分を戒めるように「ばってん荒川」さんの『帰らんちゃよか』の歌詞を思い出している。

 <親のために おまえの生き方かえんでよか
 どうせおれたちゃ 先に逝くとやけん
 おまえの思うたとおりに 生きたらよか>

 そう言えば、ビートたけしさんは『「さみしさ」の研究』の中で、次のように語っている。
 <よく「定年になったら、新しい趣味を始めて第二の人生を始めたい」なんて言ってるヤツがいる。だけどそういうヤツに限って、いつの間にかその趣味に飽きちまったり、「老後が毎日つまんない」なんて言い始める。オイラに言わせりゃ、それこそ「事故客観視」ができてない証拠だ。音楽にしろ、芸術にしろ、60歳になるまでやろうともしなかったものにいきなり手を出して、最初から上手くいくわけがない。物覚えが早い10代、20代のときに始めるのと比べても、相当ハードルは高いはずだ。それをわかって手を出すんならいいけど、そこまでの覚悟がないのにやろうとするから、大体結果は無残なことになる。だから自分に過度な期待をしちゃいけない。>
 まったくその通りである。
 私も「定年になったら、新しい趣味を始めて第二の人生を始めたい」と思っていた一人である。
 何かの思い付きで、新しい趣味に没頭しようと思っても、ハードルが高すぎて、幾つも中途半端のまま放りだしている。
 今になって考えてみると、私は高校大学の文芸部誌、社会人になってからは社内報や広報誌などに継続的に携わってきた。私はもともと文章を書くことが好きな性分だったことを60歳になってから、改めて気付かされた。
 68歳のときに、同級生の区長に頼まれ、2年間、編集責任者として「自治区だより」を作ってきた。そして3年前からコミュニティ推進協議会の広報部で「ふれあい」という広報誌の作成に携わっている。
 たしかに写真の取材や記事を書くのは、きつい仕事ではあったが、もともとそうした作業をするのが嫌いではなかった。そのベースになっているのは、ウェブリブログを毎日、書き続けていることと無関係ではないはずである。
 ひょっとすると、ブログを含めた文章づくりが、私の定年後の新しい趣味なのかも知れない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント