私は日ごろの口癖で「ごくろうさま」ではなく、「お疲れさま」と呟いていた

 私は、地元の東海テレビが制作した「高木守道さんをしのぶ 今夜よみがえる!平成の名勝負 中日×巨人 伝説の“10・8最終決戦”!」という番組が24日25時40分から放送されていたので、DVD録画しておいた。
 ここ2日間は忙しかったので、今日の市の公園のアルバイトを終えてから、夕食を摂りながら、その録画を観ていた。
 1994年のこの試合を中継した東海テレビはデジタル化で鮮明にした映像を使用していた。いかにも選手の表情が鮮やかに映し出されている。
 番組は元ドラゴンズの立浪和義さんと巨人OBの桑田真澄さんの対談を軸に進行していく。このほか中日からは当時の高木監督、山田喜久夫投手、巨人からは堀内恒夫、原辰徳コーチ、斎藤雅樹投手が登場して、当時の舞台裏を明かしていく。
 この熱戦はのちに長嶋監督がこの試合は「国民的行事」と語ったように、関東地区での視聴率はプロ野球中継史上最高の48.8%を記録し、その瞬間最高視聴率も67%を記録した。
 その年にFAで中日から巨人に移った落合選手のホームランや1塁守備についた落合選手が1塁ゴロを正面で大事に捕球しようとして、内転筋を痛めてしまうシーンが映し出される。
 落合選手は1度は1塁の守備についたものの次の回には退いてしまった。一方、ドラゴンズの立浪選手も1塁へのヘッドスライディングで肩を脱臼しまう。普段の試合では見られないハプニングがあった。
 またどちらのチームにも普段の試合では考えられないようなミスが多く、いかにも最終決戦の試合にふさわしい緊張感に溢れていた。
 さらに後年、エース3人をつぎ込んで、勝ちにこだわった長嶋監督とペナントレースの継投策を崩さず、普段着の野球にこだわり続け、最終的に負けてしまった高木監督の個性とがぶつかりあった試合でもあった。
 ネットでは、高木守道監督の追悼番組と言うならば、現役時代の活躍・勇姿の映像を放映すべきだとの意見が載せられている。
 私はやはり2塁手としての華麗なバットトスとともに、ペナントレースで守り続けた投手のローテーションを崩そうとしなかった高木監督を語るには、「中日×巨人 伝説の10・8最終決戦」は外せないのではないか、私はそう思っている。

 私はそのとき、満50歳で営業担当をしていた。
 得意先は大企業で名古屋の製作所には、全国からエリートが集まっていた。熱烈な巨人ファンもいれば、熱の入れ方が半端ではない阪神ファンもいた。当然、得意先にはドラゴンズファンの部長もいたが、私はその人の前でも自分がドラゴンズファンということを口には出さず、ただプロ野球談議の輪に参加していただけであった。
 だが、さすがに「10・8最終決戦」の日は少し早めに会社を出て、いつも行く一膳めし屋で夕食を摂りながら、テレビ観戦をしていた。一膳めし屋の大将はいわゆるドラキチだったので、何の気兼ねもなしでテレビ観戦ができた。
 早い回で、6対2というスコアになったので、少々気落ちしながら、家に帰った。
 何だか、飲みたい気分になり、馴染みのスナックに行くと、客は苦虫をかみつぶしたような表情でスナックのテレビ画面にくぎ付けになっていた。もちろん、中日×巨人戦である。
 6対3で、巨人の勝利に終わった。
 ある男性が、巨人の長嶋監督はエース3人をつぎ込んだのに、高木監督の方はいつのような継投策を取ったのが気に入らないらしく、「あんな投手起用はない」を声高に批判していた。
 私に同意を求めてきたので、「高木監督には自分流の戦い方があって、あのような投手の起用になったのだから、仕方がないじゃないの」と言うと、「あんたじゃ話にならん」と、今度はスナックのマスターに批判の矛先を向けていった。
 テレビ中継を観ながら、10・8最終決戦にまで持ち込んだ高木監督や選手たちに、私はいつしか、日ごろの口癖で「ごくろうさま」ではなく、「お疲れさま」と呟いていた。

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