突然、記憶の中から恋路が浜の沈みゆく夕陽が鮮明に蘇ってきた

 私は13年間、ブログの記事を書いてきて、今ではその記事の数は4600を超えている。
 そして、その記事をUPするときには、ジャンル分けをしているが、そのジャンルの中で最も多いのが、「50代以上のblog」で、次に「つぶやき」「独り言」と続き、4番目に多いのが「恋愛」である。
 他のジャンルで、読み返すことは少ないが、これまで私は女性がらみで失敗していることが多いので、「恋愛」のジャンルの記事はときどき読み返すことがある。
 その中に2011年にUPした次のような記事がある。
 確か、初恋の人T.T.から、自ら身を引いた時期と重なっており、何かにつけて、やけ気味になっていた頃でもあった。記事はそんなときに出会った女性のことを書いている。

 <私は国鉄名古屋駅に隣接するホテルの1階にあるカフェで女を待っていた。昭和41年の8月14日のことである。
 私はお盆の帰省で故郷の新宮市に帰るという女を待っていた。待ち合わせの時間は午後2時半で、私は少し早めの午後2時に待ち合わせ場所にやって来て、祈るような気持で女を待っていた。
 私は、女が来ないかも知れないと変な確信を持っていた。

 私は、当時大学3年生で、実家が貧乏なこともあって毎週月曜日から金曜日まで3人の中学生の家庭教師のアルバイトをしており、日本育英会の奨学金も受給していた。
 そんなわけで、私はお金にはそれほど不自由しておらず、所属する映画研究会のコンパのあとには日頃のストレスを洗い落とすためによく一人で今池にあるラウンジに飲みに行っていた。
 その女とは大学が夏季休暇に入ったころに、そのラウンジで初めて会った。
 女は名古屋市昭和区にある4年制女子大学の3年生で、ゼミのクラスメートの母親が経営しているラウンジで アルバイトをしていた。どうも女の実家は父親が病気で入院しており、家計は苦しかったようだ。
 女はもともと気が強くて、プライドを心の奥に秘めて、普段は表情に出さないが、客の言葉にプライドを傷つけられると急に黙り込んでしまった。そんなときは、ただひたすらカウンターレディーとしての職業に徹して、客の会話を適当に聞き流すようにしていた。
 私はそんな女の接客ぶりを横目で見ながら、自分のプライドを傷つけながらも接客する女の裏側には何があるのだろうかと想像したりしていた。
 人気がある店ということもあって、ラウンジには5人ほどのカウンターレディーがいたが、ときどき巡り合わせで私の前に女が付くこともあった。
 同じ昭和区の名古屋の大学3年生だという気楽さも手伝って、女は下宿代と授業料を稼ぐためにアルバイトをしていることを打ち明けてくれた。
 ある日、私は女をドライブに誘った。
 同じ映画研究会の部員で、財閥系の会社重役を親に持つ友だちがいて、私はガソリンを満タンにして返すからと拝み倒して、無理やり彼の三菱コルト800を借りることに成功した。
 私はドライブ先に渥美半島の恋路が浜を選んだ。
 高校のときに読んだ島崎藤村の「椰子の実」の【故郷(ふるさと)の岸を離れて汝(なれ)はそも波に幾月】というフレーズが頭に残っており、その恋路が浜というロマンチックな地名も気に入っていた。
 私は一般道路を利用した。
 初めて走る道路の標識をたよりにひたすら渥美半島を目指した。
 女がカウンターレディーという立場を離れたことで、それまで2人の間に横たわっていた溝が一気に埋まり、大学のカリキュラムのこと、ゼミの卒業論文のテーマの話、クラスメートの話、そして、それぞれの故郷のことなど、さまざまな話題で盛り上がっていった。
 少し道に迷ったこともあり、恋路が浜に着いたのが出発してから、4時間後であった。
 恋路が浜の砂地に腰をおろして、沈みゆく夕陽を観ていたとき、女の頬が私の左肩に触れた。私は振り向きざまに女の唇に自分の唇を重ねた。女の半開きになった唇が柔らかく、少し温かくて小さく震えていた。
 キスは初めての経験で、私は帰りの運転中もその感触を思い出しては、心の中でガッツポーズを繰り返していた。
 しばらくして、奨学金が入った日に女のアルバイト先のラウンジに顔を出した。
 女はまだ出勤しておらず、女のゼミのクラスメートで、店のオーナーの娘が、私に近づいてきて耳打ちをした。
 「今ね、彼女は新宮の高校時代に付き合っていた男と会っているから、少し遅れて出勤するからね。あなたさ、あのコの気持がはっきりするまで、あまりイレ込まない方がいいかもネ!」 
 私はカッと血の気が上がってくるのが分かった。
 いつものビールを2本空けたところに、女がお仕着せの浴衣姿で店に現れた。女は満面の笑みを浮かべて、私の背中に回り、肩に手を置いた。
 「さわるな!昔付き合っていた男と会ってきたんだろ。そんな女に近づいてほしくないんだ」 
 女の形相が一瞬のうちに険しくなっていった。女は急に何かを決心したように店のママに「わたし、帰ります!」と告げると、そのままラウンジの扉のほうに向かっていった。
 私は女の背中に向かって「14日、ホテルのカフェに時間通りに行くから」と叫んだ。女はそのことに何も反応せず、振り向きもせずに、勢いよく扉を引いて出て行った。
 「ひとりで帰るからいい」とか、「来ないでいいから」とか言ってくれれば、私の存在をまだ認めていて、帰省後に私とまた会うチャンスの余地があることを意味しているようにも思える。
 だが、14日の見送りのことは何も言わずに去っていったということは、将来にわたって私との関係を絶縁するという意味以外には考えられない。
 そのことが、女が来ないかも知れないと、私が変な確信を持っていた理由であった。
 女は2時半を2時間過ぎても約束のカフェには現れなかった。

 3か月後、女からゼミのクラスメートに手紙が届いた。
 そこには、大学を中退して市役所に勤める高校の同級生と結婚することが書かれていたそうだ。
 別れるきっかけとなったあの日、高校時代に付き合っていた人との交際を断ち切ることを決心してから、初めての浴衣姿を男に見てもらおうと、急いで店に顔をだしたのに、私のツレない態度に驚いてしまい、そのまま店を出てしまった。迷ったが、結局、約束のカフェに行かなかった。
 帰省中に自分の部屋に閉じこもり、名古屋に帰ろうかどうか、随分悩んだが、結局は生まれ故郷で同級生と結婚することを決めたというものであった。
 私はその話を聞いているうちに、自分の思いやりのなさが情けなくなってきて、悔しさのあまり、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
 突然、記憶の中から、2人でドライブに行った恋路が浜の沈みゆく夕陽が鮮明に蘇ってきた。

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