いつかまた触れる距離で会いたいね

 島本理生さんの直木賞受賞作『ファーストラヴ』を読み終えた。
画像 「ファーストラブ」ではなく、『ファーストラヴ』と表記したのは、島本さんは「B」と「V」は発音が違うので、英語表記が「V」のときには、変な拘りはなく、単純に日本語表記を「ヴ」で通しているようだ。
 私はこれまで「ヴェ」とか「ヴィ」は入力できたのにローマ字入力で「ヴ」を単独で打ち出すにはどうしたらいいか分からず、ネットで調べると「VU」と入力すればいいと載っていた。何とも恥ずかしい。
 話を島本さんの小説のことに戻すと、島本さんはこれまで芥川賞に4回、直木賞に今回を含め2回ノミネートされている、2015年、『夏の裁断』が芥川賞の候補になった後で、ツイッターで「今後はエンタメ誌でがんばります」と宣言されていたとのことである。
 つまり、そのとき『夏の裁断』と同じテーマで、エンターテーメント性を強調した小説を発表するという意思表示ではなかったろうか。そして、この作品で直木賞を受賞したということは、島本さんの思惑通りになったとも言える。

 粗筋は次のようである。
 主人公の真壁由紀は現在、臨床心理士をしているが、最近、話題になっている少女の殺人事件について出版社から、ルポを書かないかという話が舞い込んでくる。
 それは女子大生・聖山環菜が血の繋がらない画家の父親を刺殺したという事件であった。女子大生は動機について、自分でも分からないので「動機は見付けてください」と警察に言ったとしても話題になっていた。
 この事件の担当となった義弟の弁護士・迦葉から、由紀は協力を請われる。彼女は環菜と面接し、カウンセリングのような形で、この家族で何があったのかを突き止めようとする。
 そこで明らかになってきたのは、環菜が父親に言われて小学生の時から父の絵画教室で、裸の男性の背中に触れてモデルをしていたこと、その絵画教室で父親の生徒である男性たちの視線にさらされていたこと、さらに父と血は繋がっていないために母親にも冷遇され、それを紛らわすためか、寄って来る男性を拒むことをしなかったこと、そのたびに自分の気持を鎮めるために自傷行為を繰り返していたことなどが判明してくる。
 そして、由紀は父親刺殺事件の真相に迫っていく。

 この小説の縦糸は、臨床心理士・真壁由紀による女子大生の父親刺殺事件の真相や心理の解明だが、横糸はもう一つの謎解きとも言うべき、由紀と義弟の迦葉の因縁のような関係である。
 迦葉は由紀の夫・我聞の義弟である。幼い頃に実の母に捨てられて、叔母の家で育てられる。由紀とは大学が一緒で、互いに家庭環境が複雑だったこともあり意気投合。一時期は非常に親しく、体の関係もあった。
 別れの経緯は、色々な女性と付き合っては別れを繰り返している迦葉の性格のようにも取れるが、読者にはそのあたりの由紀の心情が判然としない。
 やがて迦葉の義兄である我聞と由紀が結ばれる経緯が描かれるが、これが読者には何とも爽快で、由紀が究明しようとしている父親刺殺事件の女子大生の心理解明にも影響を与えているようにも思える。
 いずれにしても飽きない小説であった。

 この小説の中には、私には何かグサッと突き刺さるような言葉が出てくる。例えば、次のような言葉だ。
 ・スタジオまでの廊下は長くて白すぎる。
  踵を鳴らしているうちに、日常が塵のように振り落とされて、作られた顔になっていく。
 ・「人助けしたいやつはたいてい同情できる人間しか助けたがらない。
  助けたくない人間まで助けなきゃいけないのが医者と弁護士だ。」
 ・最後まで読んでくれてありがとう。
  体に気を付けてね。仕事の付き合いで飲み過ぎないようにね。
  いつかまた触れる距離で会いたいね。

 最後の言葉は女子大生がかつての恋人の手紙に対する返信の言葉である。
 私は未練たらしい男である。家庭の事情で、大学で知り合った唯一の女性友だちと別れるとき、心の底から【いつかまた触れる距離で会いたいね】と思っていた。そんなこと、絶対にあり得ないことは分かり切っていたのに。いかにも若かったことの証しなのかも知れない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック