未だに「大事なもの」の意味を訊けなかったことを悔やんでいる

 9月に入ってからも、暑い日が続いている。だが、確実に秋が近づいてきているのを感じる。
 そう言えば、今年は中学のクラス会が開かれる年ではなかったかと思い当たる。幹事は誰だったかなと考えても、即座には浮かんでこない。
 私は中学のクラス会というと、必ず、ある同級生の女の子のことが頭に浮かんでくる。還暦を過ぎてから、中学のクラス会は何度も開催されているが、その女の子は一度も顔を出したことがない。そして、今後も2度と会うことはない。
 おそらく、他の同級生も、この60年間、私とその子との経緯をまったく気付くことはなかった。
 私は以前、このブログにその同級生の女の子のことを、次のように書き込んだことがある。
       ○                   ○                   ○
 時代は自分たちの個人的な思いとは関係なく流れていく。
 子どもだった少年と少女もその時代の流れと共に大人になり、やがて年老いていく。
 そんなことを今更大げさに言わなくてもと一笑に付されても、私は一向に気恥ずかしくない歳になってしまっている。
 そして、この歳になると、これまで誰にも話すことができなかった出来事も今なら話せるようになる。
 それは中学の卒業式の前日だった。
 同じクラスのシーちゃんが私の机の前に来て、「issaくん、いいものあげるから、ちょっと来て」と有無を言わさない迫力で言ってきた。
 この中学3年の1年間、一緒のクラスだったのに、私とシーちゃんは一言も話したことはなかった。だが、男女のグループでワイワイ話し合っているとき、その輪の中にいつもシーちゃんの姿があったような気もする。
 2階の3年生のクラスから1階の下駄箱のところまで、私はシーちゃんに強引に連れて行かれ、下駄箱の中から何かを取り出し、私の前にそれを指し出した。シーちゃんの顔がいつになく笑顔で緩んでいて、私もつられて慌てて微笑み返した。
 「issaくんが好きだと言っていたから」とシーちゃんが指し出したものは、藁半紙大の真っ赤な紙袋であった。たぶん手作りの紙袋に違いない。おそるおそる紙袋を開いてみると、当時東映時代劇のお姫様女優と言われた人気女優のブロマイドとポスター、そして平凡・明星という雑誌からの切り抜きであった。相当な枚数である。
 その女優は当時、人気の月刊紙「平凡」のミスコンテストで優勝して、映画界入りした、今でいうアイドルのはしりのような人であった。出身地は私と同じ市の出身であった。
 その女優の伯母さんと私の母が知り合いだったことから、私は彼女に興味を持つようになり、いつしか強烈なファンになった。
 ただ中学3年の頃には、そうした自分が気恥ずかしくなっていて、できるだけ話題を避けていた筈なのに、強烈なファンだった1年生のときも同じクラスだったシーちゃんは、そのことをきっちりと覚えていたようだ。
 シーちゃんはきっとお姫様女優のブロマイドやポスターが、3年生になっても、私にとって【いいもの】だと思い込んでいたようだ。
 確かにシーちゃんから、それらを渡されて嬉しいには違いなかったが、そのときはもう私には決して【いいもの】ではなかった。むしろ、私のために2年間も、そうしたブロマイドやポスターを集め続けてくれたシーちゃんの気持の方が、私にとっては【いいもの】と言ってよかった。
 そして、シーちゃんは続けて「わたし、あんまり頭がよくないから、名古屋の私立高校にいくの。会うのはこれが最後になるかも知れないけど、わたしのこと忘れないでね」と寂しげに告げる。
 私が「クラス会でまた会えるよ」と言うと、シーちゃんは「クラス会には行かない」と寂しそうに答える。しばらく沈黙が続いたが、私は「なぜ」とも聞かず、「ありがとう」と答えたあと、何も言わず背を向けた。その後、しばらくはシーちゃんと顔を合わせることはなかった。
 それから25年後、私が久し振りに中学のクラス会に少し遅れて出席して、目立たないように隅の方の席に座ると、私の隣りに一人の女性がやってきた。シーちゃんだった。
 「issaくん、お久しぶり。誰だか分る?」
 「シーちゃんだろ。分かるに決まっているだろ。あのポスター、ぜーんぶ、自分の部屋中に貼っていたけど、部屋が改築されたとき、知らぬ間にどこかにいっちゃった。ごめんね」
 「いいの、いいの。それよりね、わたしの大事なもの、ずっとissaくんにあげたいと思っていたのよ。だけど15年前に結婚しちゃったから、あげれなくなっちゃった」 
 しばらく、シーちゃんのいう「大事なもの」の意味が分からなかった。ふと顔を覗くと笑いながらも、シーちゃんの目には涙が溜まっていた。
 「でも、今、 わたし仕合せだから」 
 私は「よかったね」と言いたかったのに、言葉にならず、軽く喉を鳴らしただけだった。

 2年後のクラス会にも私は出席した。
 今度は30分も前から、クラス会の会場に乗り込んで、シーちゃんが来るのを待っていた。だが、とうとうシーちゃんは顔を見せることはなかった。
 シーちゃんの無二の親友だった同級生が、そっと私のそばにやって来て、「去年、シーちゃん、癌でなくなったの」と涙交じりで話してくれる。
 私はそのことを聞いて、シーちゃんのいう「大事なもの」の意味を直接、訊けなかったことをものすごく悔やんでいた。

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