得意先の課長は時代小説のファンだった

 夜明け前から降っていた雨が午前10時ごろにやっとあがった。
 空を見上げると黒い雨雲は残ってはいるが、地平線近くの西の空を見ると明るさが拡がりつつあり、気温も丁度よし、私は散歩に出掛けることにした。
 女房は最近、自分の部屋で秋に開催される陶芸の展示会に出品しようと思っている作品の製作に余念がなく、このところ一緒に何かをするという機会が少なくなっていたので、気分転換を兼ねて一緒に散歩に出掛けないかと誘ってみた。
 今日は25日だから、お父さんはきっと散歩に行くと思っていたという言葉が返ってきた。と同時に「市役所のレストランのヘルシー定食をおごってくれる?」と言い添えてきた。まだ陶芸の制作中なので、まだまだ昼食の準備に手が付けれないこともあり、いっそのこと今日の昼食は手を抜いてやれと、そんな提案をしてきたに違いない。
 私が、桃山公園⇒大倉公園⇒市役所⇒中央図書館という散歩コースを言うと「今日は25日だから、そう来ると思っていたっよ!」と女房は得意げに言ってきた。
 つまり、月の10日と25日は中央図書館に除籍本が展示される日で、その10日と25日にアルバイト先で仕事が入っていなければ、私は必ずと言っていいほど中央図書館に散歩がてら出掛けていることを女房は知っていたのだ。
 最近の私は50冊ほどの除籍本の中で、読みたいと思ったエッセイ集だけをもらってくることにしている。しかもそのエッセイ集にしても、気になるタイトルの箇所だけを拾い読みして、次の除籍本が展示される日には必ず返却することにしている。
画像 そして、その日は車は使わず、散歩がてらに行くことにしている。
 と言うのは、桃山公園に周囲には洋風の瀟洒な家が多く、庭も広くて、しかも手入れがしっかりと行き届いている上に四季のさまざまな花が植え込まれていて、満開の時期には散歩する私たちを楽しませてくれる。
 私は散歩のたびに不審者と思われない程度に眺めさせてもらっている。
 私の子どもの頃と違って、バラやアジサイ、ユリなども園芸業者によって新種が開発されているようで、珍しい色合いの花が咲いている。やはり、散歩にはデジタルカメラは必需品のようだ。
 私が女房に提案した散歩コースは意外にアップダウンが多く、自分の運動不足の程度を知るバロメーターにもなる。桃山というぐらいなので、桃山公園のある場所は小高い丘になっていて、今日はそこまでに至る坂道で私は息切れをしてしまった。おそらく、3連続勤務の日の忙しさで溜まった疲れがまだ抜けきっていないようだ。
 ゆっくりと散歩していたために市役所に着いたときに丁度昼休みになってしまった。
 昼のレストランはカフェテリア方式を取っていて、食券の受付場所はご飯類のメニューのところと麺類のメニューの2箇所に分けられている。とは言え、休憩時間に入った市の職員の人たちもやって来ているので、かなりの人が並んでいて、思ったよりも時間が掛かってしまった。
 今日のヘルシー定食は<しそご飯>に大豆とひじきの煮つけ、それに味噌汁とあんかけ豆腐がついて、450円也。
 帰りに中央図書館に寄る。
 先月にもらってきた2冊を返却して、池波正太郎氏のエッセイ集『日曜日の万年筆』と映画の山田洋次監督の『映画館(こや)がはねて』をもらってきた。
 私は中学生の頃までは時代小説が大好きであったが、高校生となってからは余り読まなくなってしまった。それでもサラリーマンになってからは、例外的に津本陽氏と池波正太郎氏の作品だけは読んでいた。
 特に池波正太郎氏の『鬼平犯科帳』『仕掛人・藤枝梅安』のシリーズは得意先との待ち合わせで、相手が来るまでの時間つぶしには最適の読み物で、たまたま私を取り立ててくれた購買課長も池波正太郎氏の時代小説が好きで、日ごろは苦虫を噛みつぶしたように表情をしていて、常に無口な人だったが、私が『鬼平犯科帳』か、『仕掛人・藤枝梅安』シリーズの新作に話を向けるとそれまでのことが嘘のように饒舌になった。よほど、その課長は池波正太郎氏のファンだったのであろう。
 そして、その人は私が得意先で窮地に落ちると必ず助け舟を出してくれた。期待していなかった意外な助け舟に私はそのたびに驚いたし、助かったという気持にもなった。
 いつもとは違った上司の挙措に部下の係長や主任はあっけにとられていたが、私と課長がまさか池波正太郎氏の小説で繋がっていたなんて、思いも付かぬことだったに違いない。
 「Issaさん、アンタ、課長に一体どんな薬を飲ませたんだ!」とよくからかわれたものだ。
画像
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック