駅ホームで食べた「きしめん」が呼び覚ましたものは何?

 玄関のところで女房が2階にいる私に向かって、「今日と明日、2日間連続で陶芸教室に行くからよろしくね。朝食はテーブルの上に用意してあるから!」と言って出掛けていった。
 腕時計を見ると午前8時45分を指している。
 陶芸教室は午前9時から昼の休憩を挟んで午後3時までだが、陶芸仲間の世間話が佳境に入ってしまうと夕方近くにならないと女房は帰って来ない。この調子だと昼食だけは自分で作るなり、近くのスーパーに行って簡易弁当でも買ってこなくてはなるまい。
 ふと、私は昼食は歩いて10分ほどのところにある手打ちを売りにしているうどん屋で、きしめん定食でも食べようと思い付いた。
 きしめん定食とは、主役のきしめんに白いご飯、漬物に煮しめの小鉢が付いているだけの定食である。よその地域の人に言わせれば、麺類をおかずにご飯を食べるのは邪道も邪道、あり得ないメニューということになるらしい。
 私は味噌煮込みとか、残りのすき焼きの中に入れたうどんなら食べるが、普通の「うどん」は余り好きではない。断然、蕎麦の方が好きである。
 ところが、蕎麦よりもむしろ「うどん」に近いきしめんは、これまた不思議なことに私は大好きなのである。
 しかも卵、蒲鉾などはぜいたく、カツブシ、細かく刻んだネギとアブラゲ、これだけ入っていれば充分なのだ。何と言っても、最後の仕上げにきしめんの上にちょっと置いたカツブシがいい。麺から立ち込める湯気に当たって、フニャフニャしながら萎んでいく様を見て、思わずふっと息を吹きかけて、つるるとやるときの醍醐味は名古屋人でよかったとしみじみ思うときだ。
画像 きしめんと言えば、やはり私の記憶に残っているのは、JR名古屋駅ホームで食べたきしめんである。
 恥ずかしいことだが、私は2年連続で仙台にある国立大学の受験に挑戦して、いずれの年も失敗した。まだ新幹線は開通しておらず、いつも鈍行列車で東京駅まで出て、さらにまた鈍行列車で何時間も掛けて名古屋まで帰ってくる。そのときにはすっかり夜が明けていて、名古屋のホームに降り立つと行く手に見慣れた店の暖簾が視界に入ってくる。何かに引き摺り込まれるような意識の中で私は暖簾をくぐり、湯気の向こうの店員にきしめんを注文する。
 入試時期のプラットホームは風も冷たく、薄くすり切られたカツブシをかき分けながら、舌を火傷しようなほど温かかいきしめんを食べたときは、養母が風呂に入ったときの口癖だった「ごくらく、ごくらく」という言葉が私も思わず口から漏れそうになったものだ。今から50年も前のことで、きしめんは素のきしめんの1種類しかなく、一杯50円だったか、60円だったか、まったく覚えていない。
 それから、私はサラリーマンになってからも名古屋駅のホームで月に2、3回は、きしめんを食べていた時期があった。
 私は営業部に転属になってから、社長のお供で何度か名古屋の錦で得意先を接待したが、「オマエはまだタクシーチケットを使うには早すぎる。電車で帰れ」と言われて、JRの最終電車に間に合うように接待先から帰させられていた。確か、私の住んでる大府市方面の最終電車は午後11時45分だったと記憶している。
 午後11時20分の地下鉄の最終電車に乗って、急いで階段を駆け上がり、名古屋駅のホームに出る。
 私は腕時計で10分の余裕時間を確かめてから、勢いよく見慣れた暖簾をくぐり、急激に襲ってくるサラリーマンの悲哀を噛みしめながら、一人できしめんを食べたのである。一杯100円だった。
 きしめんの美味しさのためか、丼の中の汁の熱さのためか、ふと涙がこぼれそうになる。いつか、タクシーチケットを使える身分になりたいとつくづく思っていた。

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