いい思い出として残るんだもの

 学年で一番の美人と噂のMitsukoと同じクラスになったのは、高校3年生のときだった。画像
 3年生の1学期が始まったばかりの頃、そのMitsukoが私とかずみっちゃんが話しているところにやって来て、「ISSAくん、ちょっと話があるから、放課後、図書館に来てよ。」と言う。じっと瞬きもせず、Mitsukoに見つめられると「オレ、先口があるから、行けねえよ」と言おうと思っても、いざ言おうとすると口から微かに息が洩れるだけで、言葉にならなった。
 別にきっちりした約束があった訳ではないが、その日の放課後には文芸部の部室に行って、後輩の女子部員と話がしたかったので、Mitsukoには「先口があるから」と断りたかっただけの理由で、他意はなかった。
 だが、Mitsukoの気迫に押され、言いよどんでいるとかずみっちゃんが、「女の子にこんなに真剣にたのまれて、行かない訳にはいかないだろう。ISSA、都合をつけてやれよ。」とどちらかというと、女子には冷たい対応しかしてこなかったかずみっちゃんが珍しく、Mitsukoの肩を持つように私を説得し出したのである。
 ひょっとすると、かずみっちゃんはMitsukoのことが好きなのかも知れないと私の中によこしまな考えが浮かんだが一瞬のうちにその考えを振り払っていた。女子に対して無表情を装っているだけで、かずみっちゃんは、根は女子に優しい奴なのかも知れない。
 日ごろの態度から、かずみっちゃんの言わんとすることを推察してみると、学年一の美人からの申し出を拒否するのは男らしくないぞと言っているように思えてきた。しかも、かずみっちゃんの説得の仕方をみると、かずみっちゃんには悪いが、ひょっとするとMitsukoの方から、付き合ってくれと言われるかも知れないチャンスが向こうから飛び込んできたのに、図書館に行かないのはもったいないという気持がミエミエだったし、Mitsukoに誘われた私に向けられたかずみっちゃんの眼差しが、いつまでも返事を言いよどむ私を非難するような輝きを放ち出して、ずしんと私の胸の中に射込んでくるように思えてきた。
 確かに、Mitsukoは背丈から、顔の表情や仕種も含め、根っからの美人タイプで、時折、女らしい素振りをみせたりして、同級生の男たちの中で、ナンバーワンの人気があるのも、むべなるかなと私も素直に思う。だが、私はMitsukoと今までそんなに親しく話をしたことはないし、3年生になってからは聞かなくなったが、一つ上のバスケット部の先輩と付き合っているという噂もあったし、それより何より、美人は美人でも、Mitsukoは私の好きなタイプの美人ではなかった。
 
 放課後、図書館に行くと、女友だち2人と向かい合わせで座っていたMitsukoが私に気付いて近寄ってきた。
 「ところで、ISSAくん、付き合っている子とか、好きな子とか、今いるの?」何という単刀直入さであろう。私が「いないよ」と答えると、Mitsukoは変な薄笑いを浮かべて、「ねえ、付き合ってみない?Keikoちゃん、ISSAくんのこと、ずっと好きだったみたいよ。ISSAくん、朝、いつも、Keikoちゃんと電車がいっしょなんだって。Keikoちゃん、声を掛けようとずっと思っていたんだけど、とうとう、そんな勇気が出なかったみたいよ。ねえ、付き合ってあげてよ。」と一挙にまくし立てる。
 私は朝、大府駅からJR東海道線に乗って、刈谷市にある高校へ通っていた。Keikoちゃんは、大府駅の二つ向こうの大高駅から通っていて、二人はいつも同じ列車に乗り、駅から1kmほど離れた校舎を目指して、つかず離れず、三年間の間に3日と違わず、いっしょの道を通学していた。私は最初のうち、Keikoちゃんの名前さえも知らなかったが、ただ控え目で大人しくて、目のかわいい子という印象を持っていた。
 私はMitsukoからその話を聞いて、気を張っていたせいか、どこからか、がっかりした気持が一気に押し寄せてくるのと同時に、なぜか、片方では嬉しい気持が充満してくるのが分った。
 だが、3ヶ月ほど遅かった。私はもうすでに初恋の人T.T.のことを好きになりかけていて、Keikoちゃんだけでなく、誰とも付き合う気持はなかった。私は正直に自分の気持を言うのが礼儀だと思い、「ごめん、今、オレ、好きな人がいるんだ。」と初めて、Mitsukoの目を見据えて答えた。「あ、そうなの。」と言ったっきり、Mitsukoは、その子って誰なのとも聞いてこなかった。気が付くと整った顔がすぐ目の前にあった。
 私はふと、心の中で「なるほど、こいつは噂通りの美人だ。かずみっちゃんが好きになるのは無理がないかも知れないな」相手投手の変形フォームから投げられた癖球が、私の顔をかすねて通り過ぎていったあとの気安さとでもいうのであろうか、私は不純な考えに捉われていた。「かずみっちゃん、がんばれ。」

 私は高校を卒業してから、半年後、名古屋の予備校に通っているときに、名古屋有数の書店に就職したMitsukoを訪ねていったことがある。Keikoちゃんのことを話したかったからだ。
 高校卒業の日、KeikoちゃんはJR刈谷駅で、私を待っていてくれた。そして、こう言ってくれた。
 「ISSAくん、3年間、本当にありがとう。卒業する前にこれだけはどうしてもISSAくんに言っておきたかったの。同じ中学から通う人は誰もいなかったし、今の学校で努力したけど本当の意味の友だちも出来なかった。いつも朝、ISSAくんに会えたから、三年間、頑張って学校へ通えたし、いつでもどんな時でもISSAくんは元気だったから、わたしはそんなISSAくんを見て、いつも救われてきたように思うの。ISSAくんのこと、きっと忘れないと思う。ありがとう。」
 Mitsukoは黙って私の話を聞いてから、「二人には、その方がよかったかもね。わたしみたいに罵り合って別れるよりも、たった一日だけの思い出でも、きっと一生、いい思い出として残るんだもの。」と寂しげに語る。美人でも失恋することはある。
 高校時代の学年一の美人の姿はもうそこにはなかった。 

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