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zoom RSS はたして血縁の繋がりだけが、家族の絆なのであろうか?

<<   作成日時 : 2018/06/13 23:04   >>

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 是枝裕和監督の小説『万引き家族』を興味深く、のめり込むように一気に読了した。
画像 先だって、この小説の背景を書いたが、この家族の構成は、高橋治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀、そしてこの家の持ち主である初枝の5人である。
 家族の生活費は祖母の初枝の年金、JK見学店で働く信代といかがわしい店で働く妹・亜紀の稼ぎだが、それでは足らず、治と息子の祥太はスーパーや駄菓子店で日々万引きをして生計をたてている。
 社会の底辺で暮らす家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。 冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子「じゅり」を、治は見かねて家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、考えた末に信代は娘として育てることにする。
 この小説は、謎解きを含んだストーリー展開になっていて、虐待されていたと思われる「じゅり」を家族として迎え入れようとした5人の間には、誰一人として血縁関係がないことが、やがてミステリー仕掛けで判明していく。
 そして、祖母の初枝の急死をきっかけに、それまでの家族の結びつきが徐々に崩れはじめ、ほころびが生じていく。
 祖母の急死の対応で、万引きという犯罪で繋がっていた家族6人がバラバラとなり、それぞれが自らの人生を歩き出したとき、血縁を度外視して一緒に暮らしていた家族が望み、結ぼうとした絆とはいったい何だったのだろうかと、それぞれが振り返ることになる。
 是枝裕和監督は、最終章の治と祥太の別れのシーンを提供することで、読者にもそんなテーマを投げかけているようにも思える。

 さすがに是枝裕和監督は、映像のディレクターでもあり、脚本家でもある。
 映像ならば、登場人物の性格は動作や表情を観客に提供すればいいが、小説ではそうはいかない。小説ではそれを文字で表現しなければならない。是枝裕和監督はそれを展開に邪魔にならないようにさらりと見事に描写している。
 例えば、次のような個所である。
 治が連れ帰ってきた「じゅり」を一緒に親元に返しに行こうと提案する信代に対して、治は彼女にこんなふうに呼び掛ける。そのあと、信代は次のように治の性格を冷静に分析している。
 <「ひと晩くらい泊めてやりゃいいじゃねえか。今連れてったって、家ん中に入れるかどうかわかんないしょお」
そう言っている治は優しいわけではないのだと信代はわかっていた。いや、百歩譲ってそれを優しさと呼ぶにしても、そこにはまったく責任感というものが伴っていなかった。
 それは昔も今も変わらない。この男の個性だった。そう思ったから、そうした。その繰り返しが彼の人生だった。つまり、昨日の反省に裏打ちされた今日も、明日の展望を見越した今日も彼の中に存在しない。今日が楽しければそれでいいのだった。言ってしまえば、こどもなのである。本当のこどもならばそれでもすんだろうが、50近くなってその“今日”の繰り返しだけの日々を送っていると、生活がどのように逼迫していくか、その典型のような坂の転がり方をこの10年はしていた。そして信代はその10年、一緒に坂を転がり続けているのだ。>
 この文章を読んでいると、是枝裕和監督はいかにもレトリッシャンだということがよくわかる。そしてこの描写で治と信代の関係を鮮明に解き明かしている。
 さらに治のノー天気な性格が、血縁のない家族構成の中で父親役を演じ切れている要因であり、いつも家族が笑いの絶えない生活を送れていた理由だということも頷ける。
 いずれにしても興味深い小説であった。

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