65年という年月は、子供の頃の原風景を奪ってしまっている

 私は今、左ひざの痛みのために車で10分ほどのところにある整形外科に通っている。
 定期的に左ひざにたまった水をぬいてもらい、ヒアルロン酸の注射をしてもらっている。
 午後4時という診察予定だったが、私が整形外科医院に到着したのは、午後3時半であった。
 私が待合室で、内館牧子さんの「老害の人」を読みながら、約束の時間がくるのを待っていると、奥の方のリハビリテーション科のフロアから、私よりも年上と思われる2組のカップルが歩いてくるのが私の目に入ってきた。
 連れ合いと思われる女性の歩くスピードに合わせながら、色の濃い変光レンズの眼鏡を掛けた男性が、たじろぐ様子もなく、じっと私の方を見つめながら、徐々に私に迫ってきた。
 「イッサくんじゃないの?」と私を確かめるように尋ねてきた。
 たぶん、その男性には私の容貌も以前とは相当に違った印象に映っていたと思われる。そういう私も相手の顔にかすかな見覚えしかなく、記憶が覚束なかったが、話し掛けられた仕種と声のトーンで、やっとその男性のことを思い出した。
 今の所に引っ越す前に、子どもの頃から結婚するまでの33年間、私が住んでいた町内で、うどんや冷麦などの製麺所を営んでいた店の長男の男性であった。私よりも6歳年上のはずである。
 製麺所の4人兄弟の末娘と私は同級生であったが、相手が女子ということもあり、その同級生とは余り遊んだという記憶がない。だが、その長男坊とはよく遊んだものである。と言うよりも、無理やり、私は付き合わされたと言っていい。
 この長男の人は、愛知県の甲子園出場の常連だった名古屋にある私立高校の野球部でピッチャーをやっていて、県大会で2度、準決勝まで勝ち進んだが、とうとう甲子園には行けなかった。
 高校卒業後、父親の製麺所を継ぐために、野球推薦で大学にも行かず、社会人野球に行くのも断念した。
 どこかで野球に対する情熱がくすぶっていたのであろうか。私が小学4年生からソフトボールを始め、中学に入って野球部に入部したことを聞きつけると、日曜日に製麺の配達が終わる午後3時頃になると、キャッチャーミットと硬球ボールを持って私の家に来ては、キャッチボールに誘ってきた。
 たまたま、私が家にいないときでも、私の父親と雑談しながら、私を待っていて、薄暗くなりつつある畑のど真中に行き、私を座らせて、思い切り投球練習をするのである。
 大きなフォームから投げ下ろされるボールが怖くて、みるみるうちに、私の股間が萎縮していくのが分った。
 キャッチャー用の面をかぶってはいたが、受け止めたボールとミットが放つ衝突音と手のシビレが間断なく繰り返される。そのたびに、こんな残酷な行為が早く終わればいいと、私は祈るような気持でボールを受け止めていた。
 長男坊の投げる右手の振りが速く、ボールの離す位置が捉えきれず、しばらくは右足を下げて、ついついヘッピリ腰になっていた。
 だが、スリークォーターから投げる手の位置が次第に分ってきたことと、人並みはずれたコントロールのよさに、むしろ、私の方が次第に面白くなってきた。
 そうなってくると、欲が出てきて、いかにすれば気持のいい音が出るようになるかを考えながら、キャッチングを工夫するようになった。おそらく、そうした互いに阿吽の呼吸で分ってきたのであろうか、長男坊はますます、気合が入ってきた。
 私が中学1年の3学期から、大府中学から刈谷南中学に転校してからも、しばらくは私の帰宅を待っていてくれたが、そのうち、ピタッとそうした行為がなくなってしまった。その理由については、未だに定かではない。
 その後、今から33年前、私が住んでいた町内から市会議員に立候補して当選し、最後には市議会の議長に就任して、70歳で引退した。選挙ポスターでは何度か見掛けていたが、面と向かって話すのは、65年ぶりとなる。
 私が長男坊に、なぜリハビリテーション科にきたのかと尋ねると、奥さんが交通事故で足を骨折し、リハビリする日には、必ず自分が送迎をしているとのことだった。今日は奥さんの妹さん夫婦が家に来てくれていたので、みんなで奥さんを迎えに来たのだと語る。
 妹さん夫婦は、私たちの会話のやりとりを満面の笑みを浮かべて聞いている。今の私はその2組夫婦の仲のよさが羨ましかった。
 嬉しそうな2組の夫婦連れの帰る姿を見ていたら、セピア色の遠い日の腕白時代が、急に目の前に蘇えってきた。
 整形外科の帰りに遠回りして、昔の家があったところに立寄ってみた。すると、そこは整備された駐車場になっており、長男坊の人と昔、キャッチボールをしていた畑の辺りは、今、15階の高層マンションが建ち、周りを圧倒するように高く聳えていた。
 65年という年月は、容赦なく子供の頃の原風景を奪ってしまい、町は全く変貌してしまっている。ちょっぴり、寂しかった。

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