娘さんのはっきりした物言いが私の耳に蘇ってきた
私のパソコンの前には以前から、3枚の100円硬貨が積み上げられている。
実はこの300円には、曰くいわれがあった。
数年前、古書店の帰りにJR大府駅西のロータリーのところへ車を停めて、郵便ポストに葉書きを投函したあと、再び車に乗り込もうとしたら、思いがけず50代の女性に呼び止められた。
その女性は私に向かい、身振り手振りのオーバージェスチャーで、「わたしは聾唖者で、言葉が上手く話せません。朝、出掛けにお父さんと打ち合わせて、午後6時半にこの駅西のロータリーに迎えに来てもらうことになっていたが、1時間経ってもお父さんが迎えに来てくれない。何かあったのかと心配だけれど、連絡ができないで困っている。」
その女性は聾唖者のせいか、喋っている言葉が空気と一緒に口から洩れているだけで、なかなか聞き取れない。
ただ、私の唇の動きをしっかり捉えているのか、その女性は私の言う言葉は聞き取れるようである。私はその女性の言葉がよく分からず、何度も聴き直し、より以上の時間を掛けて、やっと私は女性の困っている内容が把握できた。
詳しく訊いてみると、ケイタイで迎えに来てもらうことになっていたダンナにメールを打とうとしたが、あいにく電池切れでメールが打てず、ダンナのケイタイ番号もはっきりと覚えていない。公衆電話で家に電話をしても、おそらく自分の言うことが相手には聞き取れないと思うので、私に家に電話してほしいということだった。
その女性の必死さに突き動かされて、私のケイタイをその女性に渡し、家の電話番号を打ち込んでもらい、呼び出し音のなるのを確認しつつ、相手が出るのを待っていた。4回目の呼び出し音で相手が出た。若い女性の声だった。
相手に繋がったことを告げると女性は「どんな声でしたか?」と逆に訊いてきた。
「若い女性でしたよ」と答えると、「娘です。お父さんのケイタイに電話してくれるように言ってください」と懇願してきた。
この時点で、すべての状況を私は把握した。
改めて電話の向こう側の娘さんに、女性が言いたいことを要約して、次のように告げた。
【約束通り、午後6時半にお父さんが自分を迎えにきてくれると思って待っていたが、1時間が過ぎても迎えに来てくれないので、お父さんに何かあったのではないかと心配している。メールを打とうにも電池切れでどうにもならないので、お父さんとすぐ連絡を取ってほしい。】
私はその伝言に加えて、お父さんと連絡が取れたかどうかを確認するために、またこちらから5分後に電話を入れると娘さんに告げた。
5分後に連絡を入れると、どうもお父さんは駅西ではなく、駅東のロータリーでお母さんを待っていたらしく、今から駅西のロータリーに向かうと言っていたので、そう伝えてほしいと告げられる。
私はその旨を告げてから、成り行き上、無事に迎えの車が到着するまで、50代の女性に付き添っていた。
数分後にグレーのコンパクトカーに乗った旦那がやって来て、車から降り立つのが見えた。
「本当によかったですね!」と声を掛けて帰ろうとすると、喜びの表情のまま、2人して私に何度も頭を下げる。
女性の方が「お礼です。コーヒーでもどうぞ!」とやはり聞き取りにくい言葉で、硬貨を渡そうとする。旦那さんも同じように動作で話しかけてくるが、やはり聞き取りにくい。聾唖者夫婦のようでさる。
私が「いいよ。そんなに気を遣わなくても!」と言うと女性は哀しそうな眼をしながら、懇願するように胸の前で手を合わせる。
通りすがりの人が怪訝そうな表情で通り過ぎていく。ふと相手の気持を無にするような思いが押し寄せてきて、私は女性から300円を受け取った。
今から数年前のことである。
未だに300円がパソコンの前にある。その理由は自分でもよく分からない。
突然、電話での娘さんのはっきりした物言いが私の耳に蘇ってきた。
聾唖者の両親を思う強い娘の気持をその物言いの中に垣間見たからかも知れない。
実はこの300円には、曰くいわれがあった。
数年前、古書店の帰りにJR大府駅西のロータリーのところへ車を停めて、郵便ポストに葉書きを投函したあと、再び車に乗り込もうとしたら、思いがけず50代の女性に呼び止められた。
その女性は私に向かい、身振り手振りのオーバージェスチャーで、「わたしは聾唖者で、言葉が上手く話せません。朝、出掛けにお父さんと打ち合わせて、午後6時半にこの駅西のロータリーに迎えに来てもらうことになっていたが、1時間経ってもお父さんが迎えに来てくれない。何かあったのかと心配だけれど、連絡ができないで困っている。」
その女性は聾唖者のせいか、喋っている言葉が空気と一緒に口から洩れているだけで、なかなか聞き取れない。
ただ、私の唇の動きをしっかり捉えているのか、その女性は私の言う言葉は聞き取れるようである。私はその女性の言葉がよく分からず、何度も聴き直し、より以上の時間を掛けて、やっと私は女性の困っている内容が把握できた。
詳しく訊いてみると、ケイタイで迎えに来てもらうことになっていたダンナにメールを打とうとしたが、あいにく電池切れでメールが打てず、ダンナのケイタイ番号もはっきりと覚えていない。公衆電話で家に電話をしても、おそらく自分の言うことが相手には聞き取れないと思うので、私に家に電話してほしいということだった。
その女性の必死さに突き動かされて、私のケイタイをその女性に渡し、家の電話番号を打ち込んでもらい、呼び出し音のなるのを確認しつつ、相手が出るのを待っていた。4回目の呼び出し音で相手が出た。若い女性の声だった。
相手に繋がったことを告げると女性は「どんな声でしたか?」と逆に訊いてきた。
「若い女性でしたよ」と答えると、「娘です。お父さんのケイタイに電話してくれるように言ってください」と懇願してきた。
この時点で、すべての状況を私は把握した。
改めて電話の向こう側の娘さんに、女性が言いたいことを要約して、次のように告げた。
【約束通り、午後6時半にお父さんが自分を迎えにきてくれると思って待っていたが、1時間が過ぎても迎えに来てくれないので、お父さんに何かあったのではないかと心配している。メールを打とうにも電池切れでどうにもならないので、お父さんとすぐ連絡を取ってほしい。】
私はその伝言に加えて、お父さんと連絡が取れたかどうかを確認するために、またこちらから5分後に電話を入れると娘さんに告げた。
5分後に連絡を入れると、どうもお父さんは駅西ではなく、駅東のロータリーでお母さんを待っていたらしく、今から駅西のロータリーに向かうと言っていたので、そう伝えてほしいと告げられる。
私はその旨を告げてから、成り行き上、無事に迎えの車が到着するまで、50代の女性に付き添っていた。
数分後にグレーのコンパクトカーに乗った旦那がやって来て、車から降り立つのが見えた。
「本当によかったですね!」と声を掛けて帰ろうとすると、喜びの表情のまま、2人して私に何度も頭を下げる。
女性の方が「お礼です。コーヒーでもどうぞ!」とやはり聞き取りにくい言葉で、硬貨を渡そうとする。旦那さんも同じように動作で話しかけてくるが、やはり聞き取りにくい。聾唖者夫婦のようでさる。
私が「いいよ。そんなに気を遣わなくても!」と言うと女性は哀しそうな眼をしながら、懇願するように胸の前で手を合わせる。
通りすがりの人が怪訝そうな表情で通り過ぎていく。ふと相手の気持を無にするような思いが押し寄せてきて、私は女性から300円を受け取った。
今から数年前のことである。
未だに300円がパソコンの前にある。その理由は自分でもよく分からない。
突然、電話での娘さんのはっきりした物言いが私の耳に蘇ってきた。
聾唖者の両親を思う強い娘の気持をその物言いの中に垣間見たからかも知れない。
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