それでも、私は今日も文章を紡いでいる

 考えてみれば、私のこのブログの記事の数はいつの間にか、5,400を超えてしまっている。
 女房の親戚の家に泊り込みで出掛けるときや海外旅行に行った場合とか、手術で入院していたときとかを除けば、ほぼ毎日記事を書き込んできた。
 今から考えれば、2011年の心臓カテーテル検査とペースメーカー植え込み手術のときでも絶対安静の5日間を除けば、病室では自由に体を動かすことができたので、パソコンを持ち込んで、Wordでいくらでも記事を書くことができた。
 今さら遅いが、読書をして1日を過ごすよりも、きっとその方が病室での退屈さを紛らわせることができたはずである。
 ほぼ毎日のように、ブログの記事を書き込みはじめると、いつの間にか記事を書かないと気持が落ち着かなくなる、人間の習慣とはおそろしいものである。
 だが、それと反比例して、ほぼ毎日記事を書き込むという、決して楽ではない作業は、はたして誰の言葉でもない自分の言葉で、常に記事を書き綴っているのだろうかと振り返ることもある。
 時折、何年か前の自分の記事を読み返してみると、単に文字を連ねていたり、神でもないのに分ったような顔で厚かましく皮相だけを捉えたりしただけの記事があるのに気付き、どうしようもない自己嫌悪に陥るときもある。
 もう何10年も前のことになるが、私は大学時代やサラリーマン時代に、頼まれれば、自分の未熟さも考えずに映画評論や旅行記、コラムやエッセイなどを書いたことがある。
 私はそうした文章を組み立てるときには必ず、自分の言葉かどうかを確かめ、何度も自分に問いかけながら、文字を紡いだり綴ったりしてきた。
 そうした拘泥は、私の中にわずかに残っていた自尊心が背中を押したせいなのかも知れない。
 今日、改めてそんな自分を反省しているときに、奇しくも昭和55年に読んだ阿部昭氏の『言葉ありき』というエッセイ集の中に、イソップの「からすの童話」を引用して、私のこうした気持を的確に言い表した文章があったことを思い出した。
 今日、改めて本棚から引っ張り出して、その部分を読んでみた。
 【イソップのからすは、鳥の王に選ばれたいと思い、他の鳥たちから抜け落ちた羽根を拾いあつめて、自分の身体にくっつける。その美しい見かけには、全智全能のゼウスもだまれた。ところが、いよいよという時になって、他の鳥たちが怒り出し、めいめい自分の羽根を抜き取ったので、からすはもとのからすにもどってしまった。教訓 ― 借りものは本人のものならず。】
 そして、阿部氏はこの文章の最後に、こう書いている。
 【いかにも、言葉が発せられるのは、誰かに聞かれんがためであり、言葉がしるされるのは、誰かに読まれんがためである。しかし、それを聞いてくれる者、読んでくれる者が、いつでも、どこでもいると思うのは、思い上がりでなければ高望みなのだ。だから、私も、ここで、こう一度、白紙にもどる。】

 文章を紡ぐという行為は、先人が示してくれた文章を模倣することから始まるとはいえ、自分の心の中に素直に湧き上がってきたイメージや感覚を自分の言葉で綴ろうとする姿勢を常に持ち続けることが大事だと私は思っている。そうした試行錯誤を繰り返さなければ、決して生きた文章にはならない。
 阿部氏は『言葉ありき』の上述の文章の中で、そう言いたかったのではなかろうか。
 高校時代に文芸部の部長をやり、同人誌も発刊し、大学でも文芸部を立ち上げて、これまで自分なりに多くの文章を紡いできたが、その文章が借り物ではないと言い切れるほどの確たる自信を持てていないのが、哀しいかな、現実である。
 それでも、私は今日も文章を紡いでいる。

"それでも、私は今日も文章を紡いでいる" へのコメントを書く

お名前[必須入力]
ホームページアドレス
コメント[必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。