今、彼女は子育て奮闘中とのことである

 私は2006年の6月から3ヶ月間、ハローワークの職業訓練の一環として、外国語学校I.C.NAGOYAでビジネス英語を学習した。今から15年も前のことである。
 その中に28歳の女性がいた。名前をKanae(歌苗)さんと言った。
 喫煙仲間ということもあり、他のクラスメートより本音で話し合うことが多かった。
 彼女はグローバルビジネス科の自己紹介の授業のとき、I.C.NAGOYAの入学試験のとき、同じ長机の端と端で、国語と数学のテストを受けましたよと話しかけてきた。
 受験生は62名と聞いていたが、ほとんどが自分の娘と同じ年代の女性であったこともあり、不覚にも62歳の私は目移りがして誰が誰だかはっきり覚えていない。
 28歳の女性からすれば、受験に来ている年寄りは私一人ぐらいしだったので覚えていたと思われる。
 そう言えば、外見的に派手にみえた女性がいたことは覚えていた。しかも私が必死で問題を解いていたとき、同じ机の女性はもう既に問題を解き終えた様子だったので、私は気持の上でひどく焦ったことも覚えている。
 試験が終わってから、自らの学力が減退していることを思い知らされ、すっかり自信を失くしたのも彼女のせいと言えなくもない。
 Kanaeさんは、外観的には派手にみえるし、美人といえる顔立ちなので、最初は距離を置いて様子を伺っていた。
 だが、話してみると性格はさっぱりしていて、年の差があっても話題はいつも噛み合っていた。性格は違うが何処となく娘の話しぶりと似ており、話をしていると娘と話している感覚となり、ついつい言葉が馴れ馴れしくなる。娘とは違うと思い直してもいつの間にか、元へ戻ってしまっている。最後はこの人の持っている性格のせいかも知れないと自分を正当化していた。
 もし、あの時の同じ日にあの学校の入学試験を一緒に受けなかったら、そしてまた2人とも試験に合格しなかったら、さらにこんなに苦しい授業を一緒に受けていなかったら、多くの「たら」を現実のものとし、こうして親しく話をすることもなかったと思うと、明らかに他のクラスメートとは別の感情を持ってしまっていた。
 私が、同じ年代のもう一人のクラスメートから「ISSAさんは、私にはお父さんという感じよりも、【じいじい】という感じの人です」と言われているのを聞いて、Kanaeさんは「私には【じいじい】という感じもお父さんという感じもしないです。一人の男の人と見ています。」と言ってくれた。
 私は、少し戸惑いを感じながらも密かに喜んでいた。
 そう言われたのが、I.C.NAGOYAの卒業間近だったので、クラスが終われば、即刻、別れなければならないのが、無性に切なくなってしまった。
 授業が終了したら、9月から10月にかけてロンドンに1ヶ月の間、語学留学すると彼女から告げられた。
 出発の当日、荷物もあるだろうから、セントレア(中部国際空港)まで車で送っていくと、つい口に出してしまった。なぜか、それが彼女との別れになってしまうのではないか、そんな気がしたからだ。
 すると、出発日の当日、私のパソコンに彼女から次のようなメールが入った。
 【荷物は宅急便で空港に送りますから大丈夫です。お気遣いありがとうございます。いつも一人なので慣れっこですから‼
 ISSAさん、飲み過ぎに気を付けて、体を壊さないようにしてくださいね。これからの学生生活を満喫して下さいね♪
 帰国したら、また連絡しま~す。】
 彼女が【これからの学生生活を満喫して下さいね♪】と言っているのは、グローバルビジネス科を卒業してからも、私は若い人たちに交じって、I.C.NAGOYAで英会話を学んでいたからである。
 Kanaeさんはロンドン留学中もメールに写真を貼付して、こまめに近況報告をしてくれた。その文面から、現在進行中で付き合っている男性はいないようであった。
 Kanaeさんがロンドンの語学留学から帰って来てからも、3年間ほど戦友のような付き合いをしたが、彼女に恋人ができてからは、私は意識的に連絡を取らなくなってしまった。
 別のクラスメートからの情報によると、今彼女は子育て奮闘中とのことである。

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