もはや自分の物事に感動するセンサーが錆びついているようだ

 今日もまた、愛三文化会館で開かれている「大美展」に女房と一緒に出かけて行った。
画像 この「大美展」は絵画団体の大美会による年1回の絵画展だが、私の住んでいる市には「大府市民美術展」、通称「大美展」も同じ会館で3月に開かれているので、少々ややこしくなっている。私もよく感じ違いをする。
 後援は大府市教育委員会と中日新聞社となっているので、今日の地方版にもこの「大美展」が紹介されていた。
 講師は小野知久(おのちきゅう)氏となっている。
 そのプロフィールは【 1947(昭和22年)~、洋画家水墨画家。1971年渡仏してイブ・ヴライエー、ジャーン・ジャンセムに師事、ル・サロン、サロン・ドートンヌ入選。1975年に帰国して彩日会会員となり、大潮展に初出品(以後連続入選)。1976年には特選を受けて翌年大潮会会員に推挙。】と載っている。
 絵画には滅法弱い私には、このプロフィールを読んでも、どれほどのキャリアを持つ人なのか、絵画の世界でどれだけ評価されている人なのか、さっぱり分からない。ただ講師として出品されている作品を観ると油彩画も水彩画もあるので、かなり多彩な画家のようである。
 女房に入り口の芳名録に記帳してもらい、私は渡された出品目録のリーフレットを持ち、先に会場に入る。ウィークデイのせいか、それとも大美会の会員が19名と少ないためか、今日の中日新聞の地方版に紹介されたにもかかわらず、鑑賞者は私たちだけである。
 また先だっての「合同写真展」の受付のように、多くの人数が立ち会っているわけではなく、私たちと同年代の男女2人がいるだけである。当然、休憩スペースは設けられておらず、お茶やお菓子も用意されていない。
 出品目録のリーフレットをよく見ると、「大美展 油彩画・水彩画」と載っている。
 そう言えば、水彩画という呼び方については、そのほか別の言い方は聞いたことがないが、油彩画の場合は、油絵という呼び方もされている。
 以前、気になってインターネットの調べたことがある。
 すると次のような回答が載っていた、
【油彩の反対が水彩。油で溶くのが油絵の具。水で溶くのが水彩絵の具。油絵の具で描くのが「油彩画」、水彩絵の具で描くのが「水彩画」】
 つまり、水彩画と対比して使う場合に油彩画であり、その油彩画は油絵と同義語で使われている。
 この「大美展」の作品を観ても分かるが、油絵の具は、溶き方や溶剤によって、その印象がまったく違う作品へと変貌する。薄く溶けば、淡い調子なので、水彩画と見紛うほどの作品となり、また絵の具を盛り上げれば、私たちの印象の中にある典型的な油絵となる。
画像 展示場の一角に『大府を描くコーナー』があり、地元で育った私には、油彩画にしても水彩画にしても身近に感じられて、自然とほのぼのとした気持になってきる。
 中でも講師の小野知久氏の地元「石ヶ瀬川」を描いた水彩画は印象的であった。
 女房は『蔵のある風景』がいいと言っている。デジタルカメラに収める。
 家に帰ってから、大美会プロフィールに載っていた最初の講師の故都築信夫氏の作品をインターネットで調べてみたら、『蔵のある風景』という作品は故都築信夫氏の画風にそっくりであった。
 おそらく『蔵のある風景』の作者は故都築信夫氏の指導を受けたものと思われる。個々によって好みの違いはあるにしても、印象深い作品である。

 これで「水彩画展」「合同写真展」「大美展」と3週連続で、愛三文化会館に展示会を観に来たことになる。胸を突き刺すような作品に出会えないかと願いつつ、鑑賞にやって来るのだが、最近はなかなか遭遇することができない。
 自分の中の物事に感動するセンサーがもはや錆びついており、以前より微妙な変化に反応しなくなっているのかも知れない。
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