馴染みの店、そこは自分の癒しの場でもあった
私は市の公園のバーベキュー場で、アルバイトをしているが、男性12人はすべて70歳を過ぎている。
バーベキュー班のほとんどのメンバーは家で晩酌をやっている。やはり70歳を過ぎると、外で飲むのが億劫になるからであろうか。今日、一緒に勤務した男性メンバーも毎日欠かさず、晩酌をやるらしい。
私は現役サラリーマン時代、28年間も営業担当をしていたが、これまで一度も家で晩酌をやったことがない。そのことを告げると、メンバーは驚嘆の声を上げていた。
私は家で酒を飲まないのには、自分なりの理由があった。家で飲むと、自分の性格からすると愚痴になりがちだからである。
だが、家で晩酌をやらないのに、4、5年前までは10数本のウィスキーやブランデーのボトルが、我が家のダイニングボードに収納されていた。
というのは、現役サラリーマン時代、28年間も営業担当をやっていたこともあり、私が受注してくる製品に関連する協力会社から、いつもお中元やお歳暮が毎年のようにウィスキーか、ブランデーが贈られてきていたからだ。完全に呑兵衛と思われていたようだ。
私は晩酌をやらないので、協力会社の営業担当にもう贈らなくてもいいと伝えるのだが、どうも相手を慮っての言葉だと勘違いをしていたのか、私が役職定年となり、裁量権のない立場になっても、相も変わらず贈られてきていた。
驚いたことに、私が会社をRetireしてから12年にもなるが、当時の協力会社の2社からは、ウィスキーやブランデーに代わって、今でもさまざまな贈答品が届けられる。本当に義理堅いことである。
私は晩酌をやらないので、5年も経つとウィスキーやブランデーのボトルの置き場に困るようになる。
私はその都度、酒好きの義兄のところに持って行くようにしていたが、その義兄が還暦を迎えた年に胃がんで亡くなってしまった。今度は、お盆を利用して帰省する女房の姉の連れ合いに渡していた。それも女房の母親が亡くなると、その連れ合いに会う機会も少なくなってしまい、ウィスキーやブランデーのボトルの行き場がなくなっていた。
3年ほど前に中学からの友だちが私の家を訪ねてきた折に、保管してあったウィスキーを何本か、進呈したが、まだいくらかブランデーが残っている。
女房は吝嗇家ではないが、どんな思い入れがあるのか、ある銘柄のブランデーだけは手元に残しておきたいと、未だにダイニングボードに保管されている。
私が自らすすんで、酒を飲みたいと思うときのほとんどは、競合見積で新規に受注品を獲得したときである。
そうした場合は家ではなく、自分の馴染みの店に行き、新規受注のご褒美として思う存分、一人で飲むことにしていた。
私の馴染みの店は地元の市と隣の刈谷市、そして名古屋の女子大小路にあり、ともに気の置けない店であった。
私は今でも年に1、2回、その馴染みの店に飲みに出かける。なんだかんだと言っても、3軒とも営業担当時代から計算すると40年以上の付き合いとなる。3軒の店主は、ともに私と同世代なので、未だに現役で働いていると思うと、感慨深いものがある。
今日、一緒に勤務していたメンバーは、その付き合いの長さに吃驚して、いかにも【私らしい】と感想をもらしてくる。どんなふうなところが【私らしい】というのか、訊きたい気持もあったが、洒落にもならないと聞き流していた。
私は28年間も営業担当をしてきて、客先や取引先に対する顔見知りが多くなり、それなりに信頼もしてもらったが、自分の弱みを見せるほど親しくなった人はひとりもいない。
言うならば、上っ面の付き合いで、生の自分を曝け出すことはなかった。
だが、上述の馴染みの店では、同世代で気心が知れるにつれて、自分に対して正直になれることができた。そこは自分の確かな癒しの場でもあった。ゴールデンウィークの忙しさが去ったら、それぞれの店に顔を出してみようと考えていた。
バーベキュー班のほとんどのメンバーは家で晩酌をやっている。やはり70歳を過ぎると、外で飲むのが億劫になるからであろうか。今日、一緒に勤務した男性メンバーも毎日欠かさず、晩酌をやるらしい。
私は現役サラリーマン時代、28年間も営業担当をしていたが、これまで一度も家で晩酌をやったことがない。そのことを告げると、メンバーは驚嘆の声を上げていた。
私は家で酒を飲まないのには、自分なりの理由があった。家で飲むと、自分の性格からすると愚痴になりがちだからである。
だが、家で晩酌をやらないのに、4、5年前までは10数本のウィスキーやブランデーのボトルが、我が家のダイニングボードに収納されていた。
というのは、現役サラリーマン時代、28年間も営業担当をやっていたこともあり、私が受注してくる製品に関連する協力会社から、いつもお中元やお歳暮が毎年のようにウィスキーか、ブランデーが贈られてきていたからだ。完全に呑兵衛と思われていたようだ。
私は晩酌をやらないので、協力会社の営業担当にもう贈らなくてもいいと伝えるのだが、どうも相手を慮っての言葉だと勘違いをしていたのか、私が役職定年となり、裁量権のない立場になっても、相も変わらず贈られてきていた。
驚いたことに、私が会社をRetireしてから12年にもなるが、当時の協力会社の2社からは、ウィスキーやブランデーに代わって、今でもさまざまな贈答品が届けられる。本当に義理堅いことである。
私は晩酌をやらないので、5年も経つとウィスキーやブランデーのボトルの置き場に困るようになる。
私はその都度、酒好きの義兄のところに持って行くようにしていたが、その義兄が還暦を迎えた年に胃がんで亡くなってしまった。今度は、お盆を利用して帰省する女房の姉の連れ合いに渡していた。それも女房の母親が亡くなると、その連れ合いに会う機会も少なくなってしまい、ウィスキーやブランデーのボトルの行き場がなくなっていた。
3年ほど前に中学からの友だちが私の家を訪ねてきた折に、保管してあったウィスキーを何本か、進呈したが、まだいくらかブランデーが残っている。
女房は吝嗇家ではないが、どんな思い入れがあるのか、ある銘柄のブランデーだけは手元に残しておきたいと、未だにダイニングボードに保管されている。
私が自らすすんで、酒を飲みたいと思うときのほとんどは、競合見積で新規に受注品を獲得したときである。
そうした場合は家ではなく、自分の馴染みの店に行き、新規受注のご褒美として思う存分、一人で飲むことにしていた。
私の馴染みの店は地元の市と隣の刈谷市、そして名古屋の女子大小路にあり、ともに気の置けない店であった。
私は今でも年に1、2回、その馴染みの店に飲みに出かける。なんだかんだと言っても、3軒とも営業担当時代から計算すると40年以上の付き合いとなる。3軒の店主は、ともに私と同世代なので、未だに現役で働いていると思うと、感慨深いものがある。
今日、一緒に勤務していたメンバーは、その付き合いの長さに吃驚して、いかにも【私らしい】と感想をもらしてくる。どんなふうなところが【私らしい】というのか、訊きたい気持もあったが、洒落にもならないと聞き流していた。
私は28年間も営業担当をしてきて、客先や取引先に対する顔見知りが多くなり、それなりに信頼もしてもらったが、自分の弱みを見せるほど親しくなった人はひとりもいない。
言うならば、上っ面の付き合いで、生の自分を曝け出すことはなかった。
だが、上述の馴染みの店では、同世代で気心が知れるにつれて、自分に対して正直になれることができた。そこは自分の確かな癒しの場でもあった。ゴールデンウィークの忙しさが去ったら、それぞれの店に顔を出してみようと考えていた。
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