30年ぶりの再会は 生きることへの喜びを暗示している

 3日ほど前、小池真理子さんの『ふたりの季節』を読み終えた。
画像 古本屋でこの本を見つけ、帯の惹句に1970年代に出会った男女の愛の物語だと書いてあったので、急に読んでみたくなったのだ。
 「あとがき」を入れても134ページほどの短篇で、合間に休憩をいれながらも2時間半ほどで読み終えることができた。
 小池さんと言えば、「妻の女友達」で第42回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した人なので、私はこうした恋愛ものは書かないのではという先入観を持っていた。だが、この本を読み出して、その先入観が間違いであったことを気付かされた。
 さらにこの小説を読了してから、もう少し小池さんの著作を読んでみたくなり、昨日、古本屋散歩に出掛けたときに小池さんの単行本を3冊購入してきた。私の悪い癖で、一人の作家が気になり出すと、続けて何冊かを読みたくなってくる。これも性分なのかも知れない。
 さらに帯には次のような文章が載っている。
 <久しぶりの休日をカフェで過ごしていた由香は、偶然にも昔の恋人・長谷川拓に再開する。六年前に妻を亡くした拓と、二年前に離婚した由香。それぞれの人生を歩んできた二人に、高校三年生だった頃の淡く切ない記憶が昨日のことのように甦る。>
 続いて帯にはこんな文章が添えられている。
 <なぜ、私たちは別れたのだろう。理由なんてひとつもなかった気がする。>
 この小説で小池さんが語りたかったことが、この2つの文章に凝縮されている。
 高校生のときの2年間で膨らんだ恋心も卒業と同時に収縮していき、年月が過ぎれば、幾つかの懐かしい思い出とともに、心の奥底にひっそりと沈潜している。多くの若者が経験する青春時代の幻しであり、蹉跌である。
 1960年の安保のとき、私は高校生であった。私はその時代、誰の言葉か忘れたけれど、「愛は求めるものではなく、与えるものだ」という言葉を頑なに守っていた。
 愛は求めて受け入れられると、今度は失いたくなくなる。失いたくないという気持がさらに昂じると、今度は若いが故に自分のものにしたいという気持の抑えが利かなくなる。
 そういう状況になることに怖れて、しばし尻込みをする。ならば、今度は愛を与え続けながらも相手と一定の距離を置くことで、相手を失いたくないという欲求とのバランスを計っていく。やがて卒業と同時に確たる理由もなく別れていく。私はそんな同じパターンの繰り返しであった。
 PCもケイタイもない時代がもたらした淡い恋の結末なのかも知れない。
 30年ぶりに出会った『ふたりの季節』の中の2人には、今はもう障害になるものはない。主人公の由香は2人の出会いについて考える。
 <宿命、運命、縁(えにし)・・・・・・この世に、そうしたものが存在することは、由香にもわかっている。偶然は、あらかじめ決められていた必然でもある。
 細かい、砂粒のような、目に見えない偶然の堆積。人の一生は、偶然の堆積の中にある。そしてそこには、一本の道が延びている。道はうねったり、曲がったり、細くなったり、途切れそうになったりしながらも延々とつながって、現在に至っている。さらにこの先、未だ見ぬ彼方に向かって、道は続き、命ある限り果てることがない。
  (中略)
 「始まり」は「終わり」の始まりだが、「終わり」はまた、次の「始まり」を意味する。始まったり終わったり、また始まったりを繰り返しながら、人は生きる。それぞれの幕が降りるその瞬間まで。>
 何ともパラドキシカルな言い回しの文章である。小池さんはこの文章の中で、30年ぶりに出会った二人の気持が、心の奥底に沈んでいた恋心が、まさに焼けぼっくいに火がついたように、少しずつ甦ってきたことを表現したかったのではなかろうか。
 二人は互いに、携帯番号とメイルアドレスを交換し合った。
 拓が、先に行くね、とテラス席から降りていく。そして由香に手を振った。
 <人生は続いている、と思った。坂を上がったり降りたり、すべったり、行き止まりを前に立ち止まったり、暗がりを泣きながら手さぐりで進んだり・・・・・・ずいぶん遠くまで来てしまったと思っていたのに、道はさらに先に延びているようである。このまま、もうしばらく、歩いて行けそうだ。道の先にあるものは、まだ見えてこない。>
 1960年代から1970年代初頭に、多くの学生たちが味わった典型的な男女の別れと、そのあと、偶然とも必然とも言える再会への願望を見事なまでに叶えさせてくれたという意味では、この小説夢の実現だと言っていいのかも知れない。
 さらに行く道の先が見えてこないということから言えば、それは生きていくことへの喜びを暗示しているのかも知れない。たとえ、それが年老いてゆく道といえども、・・・。

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