畑の中にオクラの花を見つけた
私は8月と9月の土曜日と日曜日、ぶどう狩り案内所のアルバイトをやっている。
8月の10日と11日を除いて、その他の土曜日と日曜日は運悪く、雨降りの日ばかりであった。園主によれば、こんな年は珍しいとのことだ。
従って、今年は当然のようにぶどう狩りにやって来る人は、例年に比べてかなり少ないと園主はしょげ返っている。
そんな訳で、午後2時を過ぎると訪れる客はほんのわずかである。私は午後4時までの契約なので、その時間まで暇を持て余すことになる。
だが、私にとってありがたいことは、ぶどう園の隣りが畑になっていて、そこには茄子、ミニトマト、冬瓜などが植えられている。
私は食卓に上がる前の野菜が実際に生っているのを見るのが大好きで、時間潰しをするなと園主に叱責されそうだが、手持無沙汰のときには、畑に行って野菜の育ち具合を見に行っている。
その畑の中に、薄い黄色の花を付けた野菜が植えられた一角があった。その黄色い花は実に愛らしい。その愛らしい花の横に見慣れた野菜が付いている。それはオクラだった。
私はオクラの花を見て、「結構、きれいな花だな!」という言葉が頭に浮かんだ。
それに続いて、「結構」という言葉で、私の頭に浮かんできた出来事があった。
私は以前、名古屋にある外国語学校で、ある女性に対して「結構、あなたはきれいなんだから、自信を持って男性と付き合っていけばいいよ!」と言ったことがあった。
すると本人ではなく回りの女性群から、「そういう表現はセクハラですよ」と指摘されたことがあった。
「結構」という言葉は、他の女性と比較するときの言い方なので、面と言われる女性にとって、意外に傷つく言葉なのだと非難されたのだ。
私の感覚では「結構、きれいだ」という表現をするときは、最上級ではないが、それに近いレベルだと言っているつもりだった。
なるほど「結構」という言葉は曖昧であり、ポジティブの意味でも捉えることができるし、逆にネガティブで捉えることも可能な言葉だ。どちらの意味に捉えるかは受け取る側の感覚に委ねられることになる。
どちらにしても異性に対する言葉としては、使わない方がいい表現なのかも知れない。
そう言えば、私は上の孫娘に好き嫌いを訊くと去年あたりまでは「フツー」と答えていたが、最近では「ビミョー」という言葉を多用するようになった。
どちらの言葉も祖父である私から、自分の好き嫌いを訊かれたのに対して、はたしてどちらなのか、上の孫娘はそれ以上の説明を無下に拒否しているように思えてきて、年寄りの私は次第にイライラしてくる。
もともと、DSソフトやテレビ番組、食べ物など、好き嫌いという微妙な問題を訊ねる私の方に非があるのかも知れない。
どうも孫娘の言葉のトーンからすると、「フツー」は悪くはないよと言っているようだし、「ビミョー」はどちらかと言うと悪い意味で言っているようにも聞こえる。そして確かなことは、好きという最上級のレベルは「ヤバイ」ということになるようだ。
すると、11歳の孫娘がときどき使っている「いいんじゃない?」と「悪くないんじゃない?」は、「フツー」と「ビミョー」と比較するとどの位置にくるべき表現なのであろうか。
上の孫娘はあと半年で12歳になる。早いもので、もうすぐ大人の仲間入りをする年頃になる。
どこが好きで、どこが嫌いなのかを、単に「フツー」とか「ビミョー」という言葉で済まさずに、自分の気持が相手に伝わるような表現ができるようになってほしいと、私は「じじい心」を丸出しにして、そう願っている。
8月の10日と11日を除いて、その他の土曜日と日曜日は運悪く、雨降りの日ばかりであった。園主によれば、こんな年は珍しいとのことだ。
従って、今年は当然のようにぶどう狩りにやって来る人は、例年に比べてかなり少ないと園主はしょげ返っている。
そんな訳で、午後2時を過ぎると訪れる客はほんのわずかである。私は午後4時までの契約なので、その時間まで暇を持て余すことになる。
だが、私にとってありがたいことは、ぶどう園の隣りが畑になっていて、そこには茄子、ミニトマト、冬瓜などが植えられている。
私は食卓に上がる前の野菜が実際に生っているのを見るのが大好きで、時間潰しをするなと園主に叱責されそうだが、手持無沙汰のときには、畑に行って野菜の育ち具合を見に行っている。
その畑の中に、薄い黄色の花を付けた野菜が植えられた一角があった。その黄色い花は実に愛らしい。その愛らしい花の横に見慣れた野菜が付いている。それはオクラだった。私はオクラの花を見て、「結構、きれいな花だな!」という言葉が頭に浮かんだ。
それに続いて、「結構」という言葉で、私の頭に浮かんできた出来事があった。
私は以前、名古屋にある外国語学校で、ある女性に対して「結構、あなたはきれいなんだから、自信を持って男性と付き合っていけばいいよ!」と言ったことがあった。
すると本人ではなく回りの女性群から、「そういう表現はセクハラですよ」と指摘されたことがあった。
「結構」という言葉は、他の女性と比較するときの言い方なので、面と言われる女性にとって、意外に傷つく言葉なのだと非難されたのだ。
私の感覚では「結構、きれいだ」という表現をするときは、最上級ではないが、それに近いレベルだと言っているつもりだった。
なるほど「結構」という言葉は曖昧であり、ポジティブの意味でも捉えることができるし、逆にネガティブで捉えることも可能な言葉だ。どちらの意味に捉えるかは受け取る側の感覚に委ねられることになる。
どちらにしても異性に対する言葉としては、使わない方がいい表現なのかも知れない。
そう言えば、私は上の孫娘に好き嫌いを訊くと去年あたりまでは「フツー」と答えていたが、最近では「ビミョー」という言葉を多用するようになった。
どちらの言葉も祖父である私から、自分の好き嫌いを訊かれたのに対して、はたしてどちらなのか、上の孫娘はそれ以上の説明を無下に拒否しているように思えてきて、年寄りの私は次第にイライラしてくる。
もともと、DSソフトやテレビ番組、食べ物など、好き嫌いという微妙な問題を訊ねる私の方に非があるのかも知れない。
どうも孫娘の言葉のトーンからすると、「フツー」は悪くはないよと言っているようだし、「ビミョー」はどちらかと言うと悪い意味で言っているようにも聞こえる。そして確かなことは、好きという最上級のレベルは「ヤバイ」ということになるようだ。
すると、11歳の孫娘がときどき使っている「いいんじゃない?」と「悪くないんじゃない?」は、「フツー」と「ビミョー」と比較するとどの位置にくるべき表現なのであろうか。
上の孫娘はあと半年で12歳になる。早いもので、もうすぐ大人の仲間入りをする年頃になる。
どこが好きで、どこが嫌いなのかを、単に「フツー」とか「ビミョー」という言葉で済まさずに、自分の気持が相手に伝わるような表現ができるようになってほしいと、私は「じじい心」を丸出しにして、そう願っている。
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