自分でも説明がつかない複雑な心情

 昨日のアルバイト先の勤務は午後1時から8時までの仕事であったが、月末の日曜日ということもあってか、勤務交代のときから午後5時ごろまで、間断なくやって来る接客で忙しかった。
 やっとその忙しさが一段落して事務所でコーヒーを飲んでいると、本通りの方から満面の笑みをたたえて、頻りに手を振りながら、こちらに向かってくる女性がいた。
 メガネをかけていなかったので、いったい誰なのかが分からず、しばらくキョトンとしていたら、「Issaさん、お元気でしたか?」と声を掛けられて、すざましい勢いで記憶が蘇ってきた。
 15年ほど前に、2年間ほど一緒に働いていた女性であった。よく見ると小学低学年らしい男の子1人と保育園児と思われる男児2人が小走りにその女性の後ろに付いてくる。
 確か、一緒に働いていた頃、高校生と中学生の息子が2人いたと聞いていたので、3人の男児は長男と次男の子供たちと思われる。従って、連れている男児3人は自分の孫だと思われる。
 彼女は19歳で結婚して27歳で離婚した。一緒に働いていたころに、私が彼女の口から直接聞いた話である。不意に彼女の表情に蔭が宿ることがあるのは、そのせいかも知れないと当時の私は思っていた。
 そう言えば、6年ほど前にこのブログに彼女について、次のような記事を書き込んだことがある。
 <サラリーマン時代、2年間一緒に働いていた女性から5年振りに突然、絵画展の招待状を貰ったことがある。その中に絵葉書が入っており、その絵葉書の絵はどうも彼女の描いた絵であるらしい。右下に絵のタイトルと作者名が印刷されている。
 会社を辞めて5年も経って何故招待状が来たのか、最初はいぶかしく思っていた。
 だが、一緒に働いていた2年間、色んな面で気が合い、慰安旅行のときの観光バスでは隣り合わせに座ったし、観光名所を巡るときも一緒に出かけて行った。彼女はどちらかと言えば美人タイプであったから、直属の上司から彼女を独り占めするなと何度か嫌味らしいことも言われたが、私は気にしなかった。あからさまな上司の態度は、彼女にとって文字通り、慰安旅行にはならないと思えたからだ。
 一緒に働きだして2年後、スキルアップのために転職すると言う彼女を、私はむしろ応援する気持で、辞表を受け取り送り出した。上司から何故引き止めなかったと責められたが、彼女の行く末を考えればその方がいいと思ったからだ。  
 その後の上司の執拗な抗議が私は腑に落ちず、気の重いことではあったが、社内の噂を拾い上げてみると、その直接上司は事あるごとに彼女に言い寄っていたらしいが、彼女は言葉巧みに拒み続けたらしい。そんなことも会社を辞めた理由の一つかも知れない。
 私に招待状を送ってきたのは、私と彼女の間にそんな事情があったのを未だに捨てきれずにいたせいかも知れない。
 当時は彼女が油絵を描くことなど想像したこともなかった。
 絵はネパールの寺院で、娘たちが跪いて祈りを捧げている風景であった。絵画展の招待状の絵葉書の絵に選ばれたということは、審査員の高い評価を得たことなのであろうか。そして、私に5年ぶりに招待状を送ってきたのは、自分の絵を見てほしいというメッセージなのであろうか。
 私は早速、愛知県半田市にある電力会社の展示ホールに絵の鑑賞に行った。
 そのとき全くの偶然であるが彼女とバッタリ出合った。彼女は私に気付き、お礼を言いにきた。彼女は自分の子供の所属する子供会で、ノートや鉛筆など学用品を持って、ネパールに行ったこと、そのときの写真を下敷きに絵を描いて、自分の所属する絵画グループの審査員に認められ、その絵が優秀賞に輝いたことなどを口早に説明してくれた。
 その後、この地区に絵画展があると必ず、彼女は鑑賞券を送ってきてくれ、私はその都度、出掛けて行った。
 これも偶然だが、彼女の絵が「日展」の地元作家コーナーのエリアに展示されたとき、会場で彼女に出会った。一緒に行ったカフェ店で話がはずみ、そのときに自分の絵のモチーフにしたいから岐阜県の根尾谷の「薄墨桜」を見に連れて行ってほしいと頼まれて、車で一緒に行ったことがある。
 名古屋から根尾谷への道は一本道である。朝早く待ち合わせて出て行ったお陰で渋滞に巻き込まれることはなかったが、あいにくの雨の中を2人で一つの傘を差して、薄墨公園を観て回り、根尾谷の駅前で遅い昼食を摂った。
 彼女が帰りがけにボソッと「Issaさんと思い出作りをしたかったの!」と呟いたのを私は胸を詰まらせながら聞き取った。
 その後も五年間ほど、絵画展の鑑賞券は送られ続けてきていたが、いつの間にか連絡もなくなり、鑑賞券も送られてくることはなくなった。>
 帰りがけに言われた「思い出作りをしたかったの!」 ― 私はこの言葉を「さようなら」の意味と受け取った。
 今でも私の中で彼女とのことは「いい思い出」の一つとして残っている。そして、彼女の中でも私と同じように「いい思い出」として残っているようだ。
 それは昨日の彼女の満面の笑みがそれを物語っている。「幸せそうで何より」 ― 3人の孫に纏わりつかれながら、急ぎ足で遠ざかって行く彼女の後ろ姿を眺めて、私はそう呟いていた。
 彼女は私より14歳年下である。応援に来ていたワークシェア・メンバーの一人が、彼女と私のやり取りを見ていて、「昔、ふたりは付き合っていたんですか?」と訊ねてきた。「歳の差を考えてみてよ」と答えたが、当時、自分でも説明がつかない複雑な心情があったことだけは確かだ。
 その心情は、心に秘めた一期一会の恋心と言ってもいいのかも知れない。

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