架空の世界ばかりだとは言えない小説である

 今、私は池井戸潤氏の『架空通貨』という長編を読んでいる。
 最近の私はアルバイト先の仕事が暇なときには、池井戸氏の小説を読んでいることが多い。接客のたびに途切れても、さして苦にならずに読むのを再開できるからだ。たぶん、その点がエンターテイメント小説の長所なのかも知れない。
 アルバイト先の事務所の抽斗には英和辞典と国語辞典が入っており、そして私の通勤用のトートバックには電子辞書が仕舞ってある。なぜかと言えば、イレギュラーな事柄が起きると、管理台帳にどのように処置したかを記入しなければならないからだ。
 これもまた暇つぶしと言われそうだが、持って行った小説の中に見慣れぬ言葉が出現してきたり、何度もお目に掛かったりしていても曖昧にしか覚えてない言葉が出て来ると早速、その辞典や辞書で引いてみたりする。
画像 この池井戸氏の『架空通貨』でも【仕舞屋】【マニラ封筒】【金釘流】【ポストイット】という言葉があったので、調べてみた。
 まず【仕舞屋】は店じまいをした家の意の<仕舞(しも)うた屋>から変わった言葉で,商売をしていない家をいうとのことである。従って、【仕舞屋】は「しもたや」と発音すると言う。この小説の中でも何度か出てくるが、私は恥ずかしながら「しまいや」と読んでいた。
 次に【マニラ封筒】はマニラ麻という繊維で作った封筒をマニラ封筒と言うが、最近ではマニラ麻の雰囲気を残した化学繊維で作ったものもあるらしい。さらに【マニラ封筒】を入力して検索してみると、割りと高額のものが多く、9000円以上もする【マニラ封筒】もあった。
 三つ目の【金釘流】はこれまでに何度も耳にした言葉だったが、改めて辞典で引いてみると、<金釘のように、細くてひょろひょろしたり、妙に折れ曲がったりしている下手な字をあざけっていう語>と載っていた。
 最後の【ポストイット】を電子辞書で調べてみると次のように載っていた。
 英語表記は<Post-it>となっていた。電子辞書によるとに<Post-it>はアメリカのある会社の商標であり、その解説によると、「一部には接着剤を有してなる付箋,その他の文房具類,事務用又は家庭用ののり及び接着剤」と載っていた。
 さて、池井戸氏の小説は経済小説と言われるように、氏の小説の中には金融関係の言葉が頻繁に登場してくる。
 今読んでいる『架空通貨』の中にも幾つか、その金融関係の言葉が出てくる。その一つが【マネロン】である。つまり、「マネー・ロンダリングmoney laundering 」のことで、この小説の中では、謎解きのキーワードとして登場してくる。
 この言葉にしても、小説やテレビドラマによく出てくる言葉であるが、私は辞書に載っている「麻薬の違法取引や犯罪にからんで得た不正資金の出所や流れを、銀行口座を利用してわからなくしてしまうこと」という程度のことしか知らなかった。
 池井戸氏はこの小説の中の主人公に、さらに【マネロン】の特性について詳しく説明させているので、抜粋してみる。
 <「ある組織が巨額の不正資金を抱えている。それを表の世界で使えるように洗う、それがマネーロンダリング、いわゆる“マネロン”の目的だ。マネロンが完了するまでには三つの段階がある。最初の段階を『プレイスメント』という。“隠匿”と訳す。(中略)
 第二段階は、『レイヤリング』。“ろ過”と呼ばれる段階だ。資金の出所を辿れないように、前段階で隠匿された資金が様々な口座を移動したり名義が変更されたりする。(中略)
 第三段階は『インテグレーション』。これは“同化”と訳すんだが、隠匿、ろ過された資金を最終的に合法的な資金として表社会へ出す段階だ。(中略)この中で一番難しいのがろ過の仕組みだ。>
 そして、主人公はこのろ過の仕組みを解き明かそうと必死に調査を開始するのが、この小説のキモとなっている。
 次に出てくるのが、【ブレークスルー】というビジネス用語で、やはり私にはピンとこない。池井戸氏はこれを「技術的革新」と訳していたが、私はこれもネットで調べてみると次のように解説してあった。
 <①進歩を阻んでいた壁を突き破り大きく一歩前進すること、現状を打破し大きく一歩前進すること、またそのアイデアを思いつくこと。
  ②敵陣を突破すること。
  ③企業が急成長を遂げること。>
 おそらく、池井戸氏は①の意味で、使っていると思われる。
 最後に【エレクトロニックバンキング(electronic banking)】について、ネットで調べてみた。
 <コンピュータと通信回線を使って、家庭や企業から銀行などの金融機関のサービスを利用すること。預金の残高照会、入出金照会、口座振り込み、振り替えなどのサービスを利用することができる。家庭向けの「ホームバンキング」と、企業向けの「ファームバンキング」がある。>
 いずれにしても、こんなふうにして、この小説を読んでいるといつの間にか、私は時間が経っているのを忘れてしまっている。それは、サラリーマンとして28年間も営業関係の業務をやって来て、私にはこの小説の中の出来事が満更でもなく実感できて、それこそ架空の世界ばかりだとは思えないのが時間を忘れる要因なのかも知れない。

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