歩んだ道のり確かめて 越えた七坂六十路坂
今朝、いつも通り午前6時半に起きると台所の方から味噌汁の匂いが私の部屋まで漂ってきた。今日の朝食はどうしたことか、いつもより早いようだ。
最近の我が家の味噌汁は具にシジミと昆布が入っていることが多い。時折り、それにかぼちゃも加わることもある。
私はひとりっ子で育ち、味噌汁は小さい頃から養母の味にならされてきて、結婚してからもなかなか女房の味噌汁の味に馴染めず、味噌汁を余り食べなかった。その上に忙しくなった現役サラリーマン時代の何十年間かは朝食抜きのときも多くなり、たまに朝食を食べてもスクランブル・エッグにトーストというパターンばかりであった。
ところが、7年前に会社をRetireしてからは女房が作ってくれる目玉焼きに味噌汁、そして緑黄野菜のサラダというパターンに変化してきた。そして、いつの間にか養母の作ってくれた味噌汁の味は記憶に残らなくなっていた。
考えてみれば、養母の味噌汁を飲まなくなって、もうすぐ40年になる。もう忘れていても当然の年月だ。
そんなことを考えていると、階下の方から「もうすぐ玉ねぎのタネを撒きに畑に行かなきゃならないので、朝ごはんを早く済ませてよね!」と女房の声が聞こえてきた。続いて、「写真在中、二つ折り厳禁」と書かれた封筒がきてるわよ!」と声を張り上げる。
手渡された封筒をハサミで切ってみると、先日10月28日に行われた中学3年のときのクラス会の挨拶文と写真、そして会計報告が入っていた。気は若いつもりでも、写真は嘘をつかない。残酷な絵図柄がそこにはあった。
その挨拶文の下の方に、<『九の坂』を元気に昇り、乗り越えて『喜寿』を迎えましょう!!>という一文が書かれてあった。何か、私は思わず含み笑いをしてしまった。
いきなり、何の説明もなく『九の坂』を引き合いに出しているが、遅れて参加した人や隣りの人との話に夢中になって、クラス会幹事の挨拶を馬耳東風と聞き流している人には何のことやら、さっぱり判らないのではないかと私はまたまた余計なことを考えてしまったからだ。
幹事が言いたかったのは『九の坂』というのは、私たちはもうすぐ69歳という『九の坂』を迎えるし、また『九の坂』は『苦の坂』にも通じるので、互いに体を気を付けて元気で乗り越えようではないかというエールを贈っているのである。
それと『九の坂』を乗り越えて、まずやって来るのは『古希』で、その次にやって来るのが『喜寿』のはずだが、一足飛びに『喜寿』になったのはなぜであろうか。それも愛嬌のうちと笑い飛ばして、「幹事、ご苦労さん」とねぎらうのが筋なのかも知れない。
私はふと星野哲郎さんが作詞した『夫婦坂』の<この坂を越えたなら しあわせが待っている そんなことばを信じて 越えた七坂四十路坂>という歌詞が浮かんできた。
さしずめ、今の私たちの心境をこの歌詞になぞってみると<『九の坂』を越えたなら 生きた証しが見えてくる 歩んだ道のり確かめて 越えた七坂六十路坂>ということになろうか。
私は単純に元気で会えたことが嬉しかった。
生きているだけ丸儲け、2年後にまた【みんなと会えたらいいな】と思っていた。
最近の我が家の味噌汁は具にシジミと昆布が入っていることが多い。時折り、それにかぼちゃも加わることもある。
私はひとりっ子で育ち、味噌汁は小さい頃から養母の味にならされてきて、結婚してからもなかなか女房の味噌汁の味に馴染めず、味噌汁を余り食べなかった。その上に忙しくなった現役サラリーマン時代の何十年間かは朝食抜きのときも多くなり、たまに朝食を食べてもスクランブル・エッグにトーストというパターンばかりであった。
ところが、7年前に会社をRetireしてからは女房が作ってくれる目玉焼きに味噌汁、そして緑黄野菜のサラダというパターンに変化してきた。そして、いつの間にか養母の作ってくれた味噌汁の味は記憶に残らなくなっていた。
考えてみれば、養母の味噌汁を飲まなくなって、もうすぐ40年になる。もう忘れていても当然の年月だ。
そんなことを考えていると、階下の方から「もうすぐ玉ねぎのタネを撒きに畑に行かなきゃならないので、朝ごはんを早く済ませてよね!」と女房の声が聞こえてきた。続いて、「写真在中、二つ折り厳禁」と書かれた封筒がきてるわよ!」と声を張り上げる。
手渡された封筒をハサミで切ってみると、先日10月28日に行われた中学3年のときのクラス会の挨拶文と写真、そして会計報告が入っていた。気は若いつもりでも、写真は嘘をつかない。残酷な絵図柄がそこにはあった。
その挨拶文の下の方に、<『九の坂』を元気に昇り、乗り越えて『喜寿』を迎えましょう!!>という一文が書かれてあった。何か、私は思わず含み笑いをしてしまった。
いきなり、何の説明もなく『九の坂』を引き合いに出しているが、遅れて参加した人や隣りの人との話に夢中になって、クラス会幹事の挨拶を馬耳東風と聞き流している人には何のことやら、さっぱり判らないのではないかと私はまたまた余計なことを考えてしまったからだ。
幹事が言いたかったのは『九の坂』というのは、私たちはもうすぐ69歳という『九の坂』を迎えるし、また『九の坂』は『苦の坂』にも通じるので、互いに体を気を付けて元気で乗り越えようではないかというエールを贈っているのである。
それと『九の坂』を乗り越えて、まずやって来るのは『古希』で、その次にやって来るのが『喜寿』のはずだが、一足飛びに『喜寿』になったのはなぜであろうか。それも愛嬌のうちと笑い飛ばして、「幹事、ご苦労さん」とねぎらうのが筋なのかも知れない。
私はふと星野哲郎さんが作詞した『夫婦坂』の<この坂を越えたなら しあわせが待っている そんなことばを信じて 越えた七坂四十路坂>という歌詞が浮かんできた。
さしずめ、今の私たちの心境をこの歌詞になぞってみると<『九の坂』を越えたなら 生きた証しが見えてくる 歩んだ道のり確かめて 越えた七坂六十路坂>ということになろうか。
私は単純に元気で会えたことが嬉しかった。
生きているだけ丸儲け、2年後にまた【みんなと会えたらいいな】と思っていた。
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