私が初めて買った一枚のCD 『清河への道』

 私は営業担当を命ぜられてからは、車の運転中にラジオを聴かなかったし、カセットテープもCDもセットしたことはなかった。
 イヤ味のようになるが、運転中は頭の中でいつも客先とのネゴシエーションのシュミレーションを繰り返していた。受注単価も含めて受注するかどうか、すべての裁量権を委ねられていたので、車の中に雑音が入ることが何よりも嫌だったからである。
 だが、そうは言っても走行距離が10万キロを超えて社有車が買い替えられ、CDプレーヤーが標準装備になると私は1枚だけ、CDを買った。1995年のことだから、もう15年以上も前のことだ。価格を見ると2,650円と書いてあるが、当時の私には決して安い買い物ではなかったはずだ。
画像 買うきっかけとなったのは、TBSで放映されていた報道番組「NEWS23」でメインキャスターの筑紫哲也さんの後押しで番組のエンディングで流されているのを聴いたことからだ。
 そのCDのタイトルは新井英一さんの『清河への道』であった。
 そして、偶然にも1995年の大晦日のレコード大賞で、 アルバム大賞受賞を獲得したのを観て、どうしても買いたくなった。生来の衝動買いの悪癖を刺激されたのである。
 自らをコリアン・ジャパニーズと呼んだ新井氏が父の郷里である清河(チョンハー)を訪ね、自らの半生を綴った全48番に及ぶ歌詞で、全編45分もの大作であった。曲の中ほどに韓国の太鼓であるサムルノリのソロ演奏があったりして、じっくりと聴いていると古くから他国に蹂躙されてきた韓国の怨念がじわじわと押し寄せてくるようである。
 私は営業用バッグの内側に忍ばせて、客先とのネゴシエーションでなかなか合意に達せず、すごすごと会社に帰る道すがらにこのCDを聴いたものだ。
 この新井英一さんの『清河への道』の第6章「家族」の中に次のような歌詞がある。
  <こだわりつづけて生きるのも
    こだわり捨てて生きるのも
    愛する心があるが故
    愛される人がいるが故>
 この歌を聴いていると自分の生い立ちや境遇に「こだわりつづけて生きるのも」「こだわり捨てて生きるのも」、決してひとりではない自分の周りに家族がいるからだと悟ったとき、余分な感情が洗い流されて、ただただ自分の気持に従って「自由に生きてみよう」と思えてきた。言葉を変えると、きっと目を見開き前を観て生きてみようと思ったのである。そして依然として難しいかも知れないが、最後まで諦めずに明日のネゴ(客先との交渉)も頑張ってみようという気持が湧いてきたものだ。
 今回の不安な入院生活に向けて、私は病室にこのCDを持ち込んだ。そして絶対安静でベッドに横たわっていたときから、私は真っ先にこの曲をCDプレーヤーに掛けて聴いた。CDプレーヤーは息子から拝借したものだ。
 聴いていて、私の心は売上高確保に汲々としていたころにタイムスリップしていった。自分の過去にこだわりつづける気持はさらさらないが、懐かしさだけは排除の方法を持たない。

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