簡便な食品の普及とともに オフクロの味は忘れ去られる

 私が一日30本吸っていた煙草を止めてから、来月で丸3年になる。
 そして、少なくても週に2回は酔いつぶれるほど飲んでいた酒も年々飲む回数が減って、先だって中学時代の友だちと飲んだのが今年に入って初めてであった。今年、あと何回飲む機会が来るのであろうか。
 高校時代から、ヒネクレ者でいつも斜に構えた物の見方しかできなかった私は同級生に先んじて、いち早く煙草も吸ったし、酒も飲んだ。今から思えば、単に不良ぶっていただけなのかも知れないが、実を言うと煙草を吸ったきっかけも初めて酒を飲んだ経緯も私はまったく覚えていない。
 いずれにしても、サラリーマン時代の私にとって煙草とコーヒーは精神安定剤であり、酒を飲むのは次のステップに向けて、酒の効用の一つである忘却作用を利用するためであった。
 サラリーマンをRetireすれば、精神を不安定にする要因はなくなり、忘却しなければならないストレスもなくなった。
 肺に腫瘍が見つかり、呼吸器内科の先生に禁煙と深酒禁止を言い渡されたのは、きっかけとしては実にタイムリーで、私は禁煙も禁酒も躊躇せず苦しむこともなく実行できた。
 だが反面、煙草や酒をやっていたときには、思いのかけらも浮かばなかったものが、最近とみに食べたくなってきた。一に<ぜんざい>、二に<みつ豆>、三に<ところてん>である。
 我が家の冷蔵庫にはビニール袋に入った<みつ豆>と<ところてん>が必ず複数入っており、私が食べたいと言ったらすぐに<ぜんざい>ができるようにモチとこしあんが野菜用の収納スペースに入っている。
 何を隠そう、これらは私が小学生時代に大好きな食べ物であった。つまり、煙草と酒を止めたことで食べ物の嗜好が先祖がえりをしてしまったのだ。
 <みつ豆>と<ところてん>は養母から小遣いをもらうと近所の雑貨店に行って買うことができたが、<ぜんざい>だけはそうはいかなかった。どうしても家で作ってもらわないと食べることができない。
 私がいくら<ぜんざい>が食べたいと言っても両親ともなかなか取り合ってくれない。手間ひまが掛かるからだ。
 だが、私の余りのしつこさに両親は妙案を捻り出した。正月用のモチをそれまでの量の5倍ほどをついて、カビの生えないように風通しのいい場所に保管しておくようになったのだ。そのモチを私が食べたいとワガママを言うと、あんのできる時間を見計らって井戸水につけて、やわらかくする。
 しかし、あんも自家製である。やはり私がどんなに食べたいと言ってもすぐには食べれない。まずは小豆をぐつぐつと何時間も煮て、適した柔らかさになってからも冷やしながら味付けをしなければならない。あん作りは一日仕事なのだ。
 私は必ず養母から、かまどの火の守りをするように言いつけられ、水分が適量になったころに養母を呼びに行く。それから完成までは養母の出番である。
 どうしたら、あんができるのか。じっと養母のそばに張り付いて、どんな手順であんを完成させるのかを目を皿のようにして眺める。
 確か、養母は甘味を出すのは小学生の低学年のころはサッカリンを入れていたように思うし、時が経つにつれて黒砂糖となり、ザラメとなり、そして最終的には真っ白い砂糖になっていったように思う。最後に養母は隠し味として、さっと塩を入れて味見をする。
 小学の低学年から高学年にかけて、中に入れる調味料が少しずつ変わってきたこともあって、甘味も微妙に変化してきたけれども、それは間違いなくオフクロの味だった。
 最近はモチはモチ、あんはあんですでに味付けがしてあって、あんをわざわざ小豆から一日掛けて作る家庭は、私の周囲だけかも知れないがまったく見掛けたことがない。
 いわゆる文化的な生活を支えるものが、手間ひまかけず簡便な食品の普及が条件として不可欠ならば、オフクロの味という伝統は、いずれ消え去る運命にあるのかも知れない。

"簡便な食品の普及とともに オフクロの味は忘れ去られる" へのコメントを書く

お名前[必須入力]
ホームページアドレス
コメント[必須入力]