人間肯定の小説を書き続ける理由

 今日から連続4日間、アルバイト先での仕事が入っておらず、忙しさからやっと解放されて気が抜けてしまったのか、それとも二度寝をしてしまったせいか、目が覚めたら午前9時を過ぎていた。
 会社をRetireしてから、連続5日間の勤務は初めてであった。だが、ルーティン・ワークをこなすだけの今のアルバイト先の勤務はどこかで退屈だなという気持があって、そのことがさらに時間を長く感じさせる。それが疲れの遠因になっているのかも知れない。
 女房を呼んでみたが返事がない。二階の窓から車庫を見てみると女房の軽自動車がない。
 そう言えば、昨夜寝るときに、明日はスーパーに寄ってから、妹を誘って岩盤浴に行くからと言っていたことを思い出した。
 私はトーストとベーコン・エッグで朝食を済ませ、リクライニング・チェアーに横たわり、横着な格好でコーヒーを飲みながら、重松清氏のエッセイ『明日があるさ』を読みだした。
画像 重松氏のエッセイ集はこれまで余り読んでこなかったが、この文庫本の帯に「重松清の原点がわかる著者初めてのエッセイ集」とあったので、なぜか気になって、もう2年以上も前に買ってあった本である。
 もっとも古い文章は1991年の春に書かれたもので、最新のものは2001年の夏に書かれたものとのことで、その間、約10年にも及んでいる。
 その中で私が最も興味を持ったのは、重松氏が<上京して最初にできた友人で、いまに至るまで最大の友人だった>Sさんが自ら命を絶ったことについて書かれた幾つかのエッセイである。というのは、重松氏自身によれば、小説を書くようになったのは、そのSさんの存在を抜きにしては語れないと述べているからである。
 その気持を氏自身が語っている文章の一部を紹介してみる。
 <ぼくは、Sが自分の前から去ってしまったことで、小説を書く覚悟を決めた。
  そして、ぼくの書く小説は、「シリーズ人間」の仕事(書くことになったきっかけは週刊誌の編集部に在籍していたSさんが重松氏に書くチャンスを与えた)をつづけることで、確実に変わった。
 変わったことの是非は、問うてほしくない。ぼくは、いまのぼくの小説を肯定する。人の“生”を、人が生きて在ることを、喜びも悲しみも苦しみもすべて含めて「好き!」だと言いたい、その気持ちを根底に置いて、ぼくはぼくの小説を書く。>
 重松氏の初期の作品を読むと、ひとりぼっちの主人公の物語が多い。それは転勤族だった父親に連れられ、転校に転校を重ねたが故に、どうしても自分の回りには友だちとか仲間とか呼べる人たちがおらず、いわゆる友情物語のような小説が書けなかったという側面のあったに違いない。だが、もう一つ、うがった見方をすれば、唯一最大の親友の突然の死に直面して、余りの衝撃で正面から「友だち」や「仲間」との別れや死を取り上げ、それによって語り起こされる小説が書けなかったとも言えるのではなかろうか。
 だが、重松氏はある時期をさかいに「仲間」や「相棒」の物語を意識して書くようになる。氏の単行本を数多く読んできた私には、最近ではより「人間が好き!」というテーマが色濃くなってきたように思う。
 この『明日があるさ』を読んでいて、重松氏が人間肯定の小説を書き続けるのは、Sさんへの強い思いがそうさせているように思えてならない。
 いずれにしても、これまで私が重松氏に抱いていたイメージが、このエッセイ集を読んで変わったことは事実で、それは決して悪いイメージではない。

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