若さと引きかえに何を得て、何を失って老いてきたのであろうか

 「オレさ、中学1年生のとき、東中の奴らからアケミちゃんを奪還しに、わざわざ東中まで行ったんだぜ。アケミちゃん、そのこと覚えてる?」 2年半振りに開かれた中学のクラス会で突然、トッチがアケミちゃんに向かって言い出した。
 「突然、何を言い出すのよ。50年以上も前の事なんて、覚えてる訳ないでしょ」 早速、乾杯のときのビールが回ってきたのか、アケミちゃんは普段より大きな声のトーンでトッチの話を否定しようとする。
 「よっぽど、トッチはアケミちゃんのことが好きだったんだ!そうだろ?」とイッサはチャチャを入れる。
 「ねえ、ねえ、聞いてよ、イッサくん!トッチくんってサ、小さい時からわたしに意地悪ばっかりしてくるんだよ。フツー、好きだったら、そんなことしないでしょ!」 アケミちゃんの声のトーンがますます上がり出す。 
 「アケミちゃん、あなたは男の子の心理が分っちゃいない。意地悪するのは好きだという気持の裏返しなんだよ」 イッサは中学生の男の子の心理をいかにも分ったような顔で解説し出す。まるで、これまで自分がフラレてきた女の子に対する意趣返しのような解説である。
 「トッチ、あれから50年以上も経ったんだから、本音を言ったら」 第三者のイッサは気楽で、その上無責任だ。トッチは照れ臭そうに苦笑いをしている。図星のようだ。
 これは5月23日に開催されたクラス会での一コマである。
 当時、刈谷市を走る国鉄東海道線の線路を隔てて、東中学と南中学に学区が分かれていて、新設校で鉄筋二階建ての真新しい校舎の東中学と、伝統はあるが古びた校舎の南中学とは、何かにつけてライバル校として比較される間柄であった。
 南中学の生徒であるトッチが、たまたま東中学の友だちのところに遊びに行っていたアケミちゃんが東中学の生徒たちに連れ去られたと勘違いして東中学に乗り込んでいったという話が、冒頭のトッチとアケミちゃんとの会話の下地となっている。
 そして、東中学に乗り込んだという事実を誰かに南中学にチクられて、トッチは担任の先生にこっぴどく説教されたという。ただ、トッチとしては憧れの人だったアケミちゃんをライバル中学の奴らから、誤解とは言いながらも、奪還したことを宝物のように胸の奥に仕舞っておいたに違いない。
 トッチに限らず、今はあの頃のガムシャラさが無性に懐かしい。もうどんなに頑張っても、あの頃のガムシャラさも、無邪気さも、未来に向けた底知れぬ強さも取り戻せない。
 たとえ取り戻せたとしても、充分に歳を重ねた分、結局はその強さを持て余すのが落ちなのかも知れない。そして素面に戻ってみて、そうした幼さが継続して今の自分にしっかり貼りついているとすれば、むしろ疎ましく思えてしまうかも知れない。
 敢えて繰り返したい。もう自分たちは若くはないのだ。
 だとすれば、自分たちは若さと引きかえに何を得て、何を失って老いてきたのであろうか。その糸口を見出すために、老いてもなお中学のクラス会を開催するのであろうか。
 どんな大人だって、かつてはあの中学の時代があって、すべからくイガグリ坊主とオカッパ頭の生徒だった。誰がどんなに強く否定しようとこれは間違いのない事実なのだ。
 中学のクラス会の開催とこうした事実とは決して無縁ではないだろう。
 今日、やっとクラス会のときにデジタルカメラで撮った写真を添付して、幹事2人のメールを送った。10日以上、メールによる送付が遅れたのは、情けないことに撮った写真がすべてピンボケだったからだ。
 つまり、撮るぞ撮るぞと騒ぎ立ててシャッターを押したけれど、騒ぎ立てた割には結果が情けない状態で、送ろうかそれとも送らないでおこうか、ウジウジと迷っていたからである。
 いつの間に私は優柔不断の性格になってしまったようだ。

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