落語家特有の「しゃれ」だったと解釈した方がいい

 女房は娘の3人目の子が男児だったことで、殊更に喜んでいるようで、昨日の日曜日、娘夫婦と一緒にその孫のために兜を買いに行くとかで名古屋まで出掛けて行った。
 私はアルバイト先の仲間と公園の桜の開花具合を確かめに散歩に行く予定をしていたので、孫娘と遊べないのが残念だが、今回はあえてスルーした。
 一昨日の強風と寒さのぶり返しから、桜の開花はまだまだ先だと思っていたが、公園の日当たりのよい場所の桜は2、3日のうちには間違いなく開花するような勢いである。
 散歩に一緒に行ったアルバイト先の仲間は、今の仕事に関してはもうヴェテランで来年の1月には就業満期となる人である。アルバイト先の今の職場で、先輩を先置いて4月からリーダーとなる私はこの機会に、このヴェテランの仲間から他のメンバーの情報をいろいろ仕入れたいと思い、私の方から散歩を誘ってみたのである。
 その人は快く付き合ってくれて、どこまでが本当かは別にして、さまざまな情報を提供してくれた。帰り掛けにそのヴェテランのメンバーが、自分はもう読んだのでよかったらと3月21日付の『中日スポーツ』を渡してくれた。私はプロ野球のパ・リーグが前日に開幕を迎えていることを思い出して、なぜか急に読みたくなって、ありがたくいただいて帰宅した。
 その『中日スポーツ』に落語家の三遊亭円丈師匠のコラムが掲載されていた。どうもこのコラムはもう何年も継続的に掲載されているらしい。
 21日付のコラムのタイトルは『円生争奪杯』で、六代目三遊亭円生という大名跡を直弟子の円丈師匠と孫弟子の鳳楽師匠で、生前、円生師匠が得意としていた演目を実際に寄席でやって、争奪戦をやったというのである。つまり、【噺の出来のよしあしによって、円生という大名跡をどちらが襲名するか決着を付けようじゃないか】という趣旨だったようだ。
 ここで少々、円丈師匠の『中日スポーツ』のコラムの内容を紹介してみる。
 <TVがNHKとテレ朝の2局入り、新聞社もかなり来て終わった後のぶら下がりの記者会見はそれでも30人ほどいた。それなりに盛り上がるとは思ったけど、ここまでとは思っていなかった。
 (中略)
 でも実際は色々(円生襲名には)あって、ここで円生は決められないからね。
 でもこの企画がこんなに盛り上がった理由は、名人に2代なしと言われる落語の世界で最近あまりにも世襲が多すぎ、そしてもうひとつ襲名が密室で決まって、なにかうさん臭い。
 そんな普段思っている想いが、この“円生争奪杯”で「いいぞ、戦って決めてくれ」みたいな感じになったと思う。>
 『円生争奪杯』のあと、円丈師匠は意外に円生襲名を真剣に捉えていたような記事をネットで読んだが、このコラムを読む限り、それは飽くまでもメディアの勘ぐりで、落語家特有の「しゃれ」だったと解釈した方が正解ではないかと思った。
 円丈師匠はたまたま私と同じ昭和19年生まれで、おまけに名古屋の下町雁道出身の落語家さんである。それ故に私は円丈師匠の落語は何度も聞かせてもらっているが、すべて新作落語で、実際に円丈師匠が古典落語を演じているのを聞いたことがない。
 そして、円丈師匠の落語に負けず劣らず、今までに数度のライブで聴いたり、ビデオ、テレビの出演などであったり、私はさまざまな機会で六代目円生師匠の落語も何度も聴いている。
 何がいいたいかと言えば、まったく二人の師匠の落語の芸風が違うのである。つまり、私の偏見だと言われるかも知れないが、円丈師匠が本気で円生襲名を考えているのであれば、それは相当な思い上がりと言わざるを得ない。
 そう言えば、昨年10月に死去した五代目三遊亭円楽師匠が晩年、「一番弟子の鳳楽に七代目円生を、楽太郎にあたしの名を継がせる」と発言。これに円楽の弟弟子、円窓が反発。さらにもうひとりの弟弟子、円丈が円楽の没後、「直弟子を飛ばして孫が継ぐのは筋違い」として、鳳楽に争奪戦の挑戦状を叩き付けていたという報道があったことを思い出した。
 残念ながら、私はテレビで2、3度観ただけで、三遊亭鳳楽師匠のことをあまり知らない。まして腰を落ち着けて、鳳楽師匠の落語を聞いたこともないので、うっかりしたことはいえないが、鳳楽師匠も本気で円生襲名を望んでいたとも思えない。
 それほどに六代目円生師匠は落語名人だと私は思っていて、「円生争奪戦」はあくまでしゃれだったと思いたいのである。円生師匠だけでなく、古今亭志ん生師匠、柳家小さん師匠たちの名跡も<二代目を継ぐ必要なし>というのが、素人なりの私の考えだ。
 私がまだ中学生だったと思うが、日活映画で川島雄三監督の『幕末太陽伝』という映画があり、石原裕次郎ファンの実姉に連れられて観に行ったが、中学生のくせにこんなにも面白い映画があるのかと思ったものである。
 その映画の下敷きになっていたのが、六代目三遊亭円生師匠の得意噺 『居残り佐平次』だったと聞き、私はビデオテープで何度も聴き直してみて、その名人ぶりに吃驚した覚えがある。
 40分という時間の中で、主たる出演者7人を声の高低、トーン、緩急の自在性、スピードの変化、自然なカミシモの付け方(登場人物が変わるたびに首の向きを変えること。舞台のカミテ、シモテから来ているのであろうか?)、どれを取ってみても、古典落語を語らせては、この人の前を行ける落語家がいるのであろうかと思ったほどである。
 少なくても、名人落語家の大名跡を継ぐのは、生で落語を聴いたことのない人が隣り近所にいなくなってからで充分ではないだろうか。
 例えば、50年後とか、・・・・・・。

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