「他にいい人つくれよ」だなんて言ってしまっていいの

 先月の27日の深夜、12年以上付き合ってきた女友だちF.H.から、私のケイタイにメールが入った。
 <突然、夜中にメールして、ごめんなさい。来月も引き続き、雇用調整の休暇を取ります。5月の勤務スケジュールを教えてください。>
 27日の時点では、病気のために長期休暇を取る人が出てきて、5月の私のアルバイト先での勤務スケジュールはまだ決まっていなかった。28日になって、やっと私たちグループの勤務スケジュール表が職場に貼り出された。私は早速、金曜日と月曜日の都合のいい日をすべてメールしたが、その後、一向にF.H.からの連絡が入らない。ここ2、3日、返信メールが来るのを待ち侘びている自分に気付いて、時折、はっと我に帰る。
 F.H.は先月、母親を亡くし、突然、夜中に連絡が入ったとき、いつ立ち直れるかと思われるほどに電話の向こうの声は意気消沈していた。ひょっとすると、3、4ヶ月は会えないかも知れないと、密かに心の準備をしていたが、意外に早く連絡が入って、正直、ほっとしている。
 おそらく、誰にも愚痴が言えず、本音でぶつかることもできず、悶々とした日を送っていたに違いない。12年もの間、友だち以上恋人未満の関係で付き合ってきた私には、そのこと自体、そんなには想像に難くないことであり、F.H.の気持が落ち着いていないことも、神経が研ぎ澄まされた夜中にメールを打ってきたことからも察しが付く。
 最近、懐かしさでときどき途中下車しながら古本を整理しているが、偶然、昨日は俵万智さんの「サラダ記念日」が出てきて、1987年当時、世間で騒がれていた短歌の幾つかを拾い読みしていたら、その中に、<「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの>という短歌があった。
 私はふと、F.H.と一緒に酒を飲んで、私が先に酔っ払ったときに彼女に向かって、よく言っていた言葉を思い出していた。「他の人を好きになれよ」、― 私はひがみ根性から心にもなく、よくそんなことを口走って、F.H.を怒らせた。
 <「他にいい人つくれよ」だなんてショーチュー水割り二杯で言ってしまっていいの>
 F.H.の怒りの矛先にたじろいで、私が何も答えずにいると、F.H.の表情にに変化が起きる。見る見るうちに大粒の涙が落ちていくのが、横顔からもはっきりと分る。
 「二人の時間を過ごすことで癒されてきたと思ってるのは、わたしだけの勝手な錯覚だったの。あなたも癒されてきたんじゃないの?」、― F.H.はきっと私を見つめながら、ふたたび怒りの表情を露わにする。
 私はこの12年間の間に、何度同じようなことを言い、何度彼女を泣かしたのであろうか。そして、そのたびにしばらく疎遠になり、私が我慢しきれずに連絡を入れるとF.H.は、何事もなかったかのように、私に優しく語り掛けてくれた。あたかも、それはやんちゃをひどく叱られて、泣き疲れたあとの幼な児の涙を拭う母親のような優しさだった。
 プラトニックであるがゆえに、行き違いそうに見えた二人の気持の修復には一瞬の時間があれば、それで充分だったし、その後、わだかまりを引きずることはなかった。

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