意外に、「ケンケンガクガク」と言う人は多い

 アルバイト先から、明日は一時間早く出勤してほしいという依頼があって、今日は何処へも出掛けず、本を読んだり、他の人のブログに訪問したりして、一日中過ごしていた。
 そんな中で中学高校時代の友だちが、古い中国の格言「瓜田に履を入れず 李下に冠を正さず」を切り口にして、ブログの記事を書き込んでいた。つまり、この格言が戒めんとするところは、「李(すもも)の下で冠を正すと、李を盗んでいると疑われるし、瓜畑で、脱げた履に足を入れるために屈むと、瓜を盗むかと疑われる」、そのような行為は避けよというのである。
 私はここで友だちのブログの内容について、云々するつもりはなく、この格言で、強烈に思い出したことがあったのだ。
 私はサラリーマン時代、28年間もの間、営業担当をやって来たが、私が担当していた、日本でも五本の指に入る大企業の購買部長が、年度の始めに、名古屋にあるホテルの会場に200社ほどの協力工場の代表者を集めた挨拶の中で、「今後は李下に冠を正す姿勢が必要です」とぶち上げたことを思い出したのだ。
 その当時は、丁度バブルがはじけた時期で、バブル時代には、仕事を出す方も仕事を請ける方も、ゴルフの招待や夜の接待など目に余る行為が横行、どちらも感覚が麻痺していた状況下であり、今後はそうした不健全な付き合いや癒着を戒めるために、前述のように大上段に構えて第一声を発したのである。
 私はその言葉を聞いて、ガクッと腰を落としかけた。「李下に冠を正す姿勢」はまずいだろうと思ったのだ。それでは本来の格言の意味とは逆の意味になってしまうではないか。くだんの購買部長は東大出身者で、教養もあり人品人柄も評判の人だったが、たぶん、多くの人の前で緊張してしまったのであろう。
 余りの緊張感の中では、まま勘違いが露呈することがあるものである。
 私が勤めていたときの社長は、毎月の社長朝礼のとき、「一朝一夕」と言いたいときに、「一長一短」と言ったし、「名誉回復」と「汚名挽回」がごちゃ混ぜになってしまい、「名誉挽回」とも言っていた。
 そう言えば、教養のある人でも、「侃々諤々(かんかんがくがく)」と「喧々囂々(けんけんごうごう)」とを混同して、「ケンケンガクガク」と言う人は多い。そしてまた「小異を残して、大同に付く」と言うべきところを、「小異を捨てて、大同に付く」と言う人も多い。尚、広辞苑によると、侃々諤々は「剛直で言を曲げないこと、遠慮することなく論議すること」とあるし、喧々囂々は、「たくさんの人が口々にやかましく騒ぎ立てるさま」とある。「ケンケンガクガク」と言う人は、どちらの意味で言っているのであろうか。
 もう随分前のことであるが、或る本を読んでいたら、「人の意見を垣間聞く」という表現に出くわしたことがある。物の透き間からこっそりとのぞき見るという意味の、「垣間見る」という言葉が下敷きにあって、作者がそのことを充分承知の上で、洒落のつもりで「垣間聞く」と使ったのなら、最後に種明かしをしておかないと、それは誤用だと読者に誤解を招くことになる。その本には、確か、そうした記述はなかったように思う。
 それでなくても、私のように知識教養に自信にない者は、活字になるまでには何人もの人の目を潜り抜けているはずという安心感からかも知れないが、一旦活字になってしまうとそれが正しいものだと思い込んでしまうものである。おっと失礼、― こうした性癖は私だけかも知れない。
 いずれにしても、悪気のない単なる勘違いか、それとも語源を充分理解した上でのレトリックなのか、やはり、種明かしは、どこかでしておくべきだと思うのは、私に教養がないせいなのかも知れない。 

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