今も変わらない長年の習慣

 女房は、母親を連れて兄弟姉妹6人で行く島根県行きが一日早まったとかで、今日の昼過ぎに集合場所である弟の家に出掛けて行った。となると、私は今日18日から21日まで、自宅で一人で過ごさなければならない。
 自分一人で過ごすのは、去年8月、女房が糖尿病で地元の医療センターに10日間、入院して以来のことであるが、そのときには、一日に一度は女房の病室に顔を出して、病院内のレストランで食事をしていたので、私の中では、女房が家にいないという実感が余りなかったが、今回、女房は4日間、他県に行き、家では全く自分一人となり、一日3度の食事も自分で用意しなければならず、夏は汗をかくので、場合によっては洗濯もしなければならない。そのことだけを考えても、気持が憂鬱になってくる。
 そこへ持ってきて、女房からの要望で、女房が庭で大事に育てている花木に朝晩、水撒きをしなければならないし、煙草を止めてから、最近、妙に埃が気になり出していることもあり、2日に一度は自分の部屋も掃除をしたい。
また、月曜日の日は、町内のゴミ当番なので朝早く起きて、分別が上手くいっているかどうか、ゴミ収集場の面倒を見なければならないし、前日には自分んちのゴミ出しもしなくてはならない。
 その上、19日から27日まで、8月1日から勤めることになっている会社での研修が始まる。女房がいないとなると、朝6時半起床に慣れるまで、気の抜けない4日間が続くことになる。そのことを思うと夕方あたりから、久し振りに体も心も緊張してくる。
 女房と結婚してから、今年で33年になるが、その間、私は普通のサラリーマンで、女房は病院に勤めており、娘と息子が産まれた日の前後1年間を除いて、残りの31年間は、ずっと昼勤、準夜勤、深夜勤という三交替勤務であった。それ故、私たち夫婦は、通常の夫婦では考えられないほどのすれ違い夫婦で、夫婦のどちらか一人が、自分の意思にかかわらず、家にいないことが多かった。
 私が、営業担当となり、残業をするようになってからは尚更のこと、顔を合わせるだけの日々が、2週間近くも続くこともあったが、そうした時期でさえも、4日間も、私は自分一人で家にいることはなかった。
 恥ずかしい話であるが、現実に女房が帰ってこないことを認識し出すと、ついつい心細くなってくる。
 だが、今まで私は、女房が深夜に仕事している日は、女房に対する礼儀として、これまで、鬼のいぬ間に羽を伸ばそうという気になったことはないし、会社から仕事で呼び出されない限り、家を出たこともない。
 客先を接待するときも、プライベートで飲みに行くときも、必ず、女房が家にいる日に決めていた。女房が社会奉仕の気概を持って、病院で仕事を専念している時間は、やはり、私はどうしても、後ろめたさが先に立ち、偶々客先を接待しているときでも力が入らなくなり、プライベートで飲んでいてもなかなか酔いが回ってこない状態になってしまうのである。
 それは、長年の習慣なのか、会社をRetiresした今も気持に変化はない。
 そんな訳で、この4日間は、暇な時間ができたら、重松清氏の短編集「小さき者へ」を読もうと決めている。

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