「お水」のエチケット

 先だって、男は女が好きな湯葉豆腐料理の店に食事に行かないかと誘った。
 互いに日にちを調整し、Lunchの時間に合わせて、名古屋市栄にある湯葉豆腐料理の店に行ってみると、湯葉豆腐料理では名古屋で有名な店らしく、店の待合室には十数名ほどの客が待っていた。申し込みだけ済まして、一時間ほど時間調整をするため、近くの百貨店のブランド街で時間を潰すこととなった。
 ブランド品を見て回っているとき、ふと男は女のしているネックレスが気になり、「誰かに買って貰ったものか。」と尋ねてみた。「お客さんに買ってもらったの。」と女は答える。女はアルバイトでスナックに勤めていたことがあり、そのときのお客さんから買ってもらったものだと言う。男は「今日はそんなものを身に付けて来るな。」と激昂したが、女も黙ってはいない。「お水だったら、お客さんにプレゼントの一つや二つ、買って貰っていて当然でしょ。」と反論する。お水というのは水商売という意味である。しまいには「わたし、人から束縛されるのって、一番嫌いなことの。」とキレかける。
 男は、自分が何故怒っているのか、説明するのをもう半分諦めかけていた。男は女に、二つのことでルール違反をしていると言いたかった。女が男との付き合いを大事にするのなら、その種のアクセサリーはしてこないのが最低限のマナーだし、更にお水であれば、そんな言い訳は成立しない。気の晴れないままのLunchだった。
 男は家に帰り、「水商売」について調べた。「何でも辞典」では次のように載っている。

 水商売とは、先の見通しが立ちにくく、世間の人気や嗜好に大きく依存した不安定な業種や職業およびそうしたものに従事する人を指す俗語である。
 飲食業や花柳界、風俗業のような業種のほかに、相撲や歌舞伎、演劇などの興行ものや人気商売も含む言葉だが、現在では夜間営業で酒を出す飲食店(主にバーや接待クラブ)や風俗営業、ホステス、風俗嬢などを指すことが多い。
 「水」は「勝負は水物だ」と言われるような、運次第で大きな利益を得たり、逆に損失をこうむるなど、日々(時々)の収入があてにならない状態を指している。飲食店、風俗店は景気の良し悪し、天候、客の気まぐれなどによって収益が大きく左右されるものである。 古くから酒類に標準以上に水を入れて薄めて出す事から、接客を伴う飲食業を「水商売」と称するようになったと言われる。水商売従事者達は「酒を水のように扱うから」という説を持ち出す事もあるが、これは「薄める」という言葉の語感を嫌った近代の商売人達が生み出した「新説」である。

 確かに、現在使用されている「水商売」という言葉の意味は、上記の解釈でいいと男は思う。
 男はサラリーマンの営業担当時代、社長のお供で行っていた名古屋栄の高級クラブのヴェテランのママから、「水商売」の別の意味を聞いたことがある。確かに、水を扱うし、水物と言われるほど景気の変動に左右されるから、「水商売」というのは正しいが、他の意味もあるというのだ。
 「水商売」の成否は客の人気や嗜好に左右されること多い。水は高いところから低いところへ流れるのが自然の摂理であるし、また水は器によって形を変える。「水商売」も客の嗜好により、あたかも水が高いところから低いところに流れるように、そして水が器によって形を変えるように、客の性格を見極めて、立ち居振る舞いから話題まで客の嗜好に合わせて接客するのが本当の「水商売」だと教えてくれた。
 男はこの言葉がある面で真実を語っていると思い、自分の営業の原点となるよう心掛けてきた。そういう意味からしても、男は女が言った「お水だから」という言葉に、男は無性に腹が立ってきてしまうのだ。「水商売」の深い意味を知っている者であれば、そんな使い方は決してしないというのが男の考えである。
 お水のマナーやエチケットは、水物と揶揄される分、一般の商売よりも厳しい。

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