春になったら、四つ葉のクローバー探しを続けるつもりである
私は市の公園で働いているが、春になれば、その公園のあちこちにはクローバーが生えてくる。
クローバー(シロツメクサ)の開花時期は3月から8月だが、花は朽ちてもクローバーの葉だけは12月ごろまでは、青々としている。
私は仕事の合間を縫って、四つ葉のクローバー探しをしている。私のそうした行為は所属しているバーベキュー班のメンバーや同じ公園で働く除草班のメンバーにも呆れられている。
これまでに集めた四つ葉のクローバーの数は300枚を超えている。その中には六つ葉が2枚、五つ葉が10枚もある。すべて押し花にして、保存してある。
四つ葉のクローバーを集め出したのは、録画してあったテレビドラマ『HERO』(ヒーロー)の映画版の中のシーンを観て、よみがえってきたことがあったからである。
そのシーンとは、木村拓哉が演ずる主人公が、かつて検事として実刑を求刑した被告人が病で倒れたことを知り、刑務所病院に見舞いに行くとき、その道すがらで、ふと見つけた四葉のクローバーをその被告人のために摘むというシーンであった。
主人公のやさしさが浮かび上がってくるシーンであった。
そのシーンを観ていて、幼い頃の思い出がよみがえってくることがあった。
小学校の5、6年生の頃、よく学校帰りの道ばたに生えているクローバーの中から、懸命に四つ葉をさがして、教科書で押し花にしていた。
柄になく、そんなことをしたのには、ある目的があった。
同じ塾に通っていた好きな女の子に、その四つ葉のクローバーを手渡して喜んでもらいたかったからである。
その女の子は、四つ葉のクローバーを手渡したとき、黙って受け取ってくれたが、その後は何の反応もなく、しばらく私は落ち込んだことがあった。
70年近くも前のことだが、私は今でも落ち込んだ気持はしっかりと覚えている。
その女の子は市内目抜き通りにあった洋品店の娘で、やがて結婚適齢期となり、ご養子をもらって、その後も元気で店を切り盛りしていた。だが、大型量販店のあおりを受けて、今は別の場所で店を開いている。
ディスカウントに特化したのがよかったのか、現在もその店は繁盛している。
私は30歳のとき、今の女房と結婚した。
どこで、私の女房のことを知ったのか、判然としないが、女房が私の普段着の洋服をその店に買いに行くと、やんちゃだった小学校時代の私の話が出て、昔のよしみという訳でもないだろうが、かなり値引きをしてくれていたようである。
私が小学生のとき、四つ葉のクローバーを手渡したことを今でも覚えていて、値引きをしてくれたのであろうか。私はそのとき、自分の都合のいいように解釈しようとしていた。
四つ葉のクローバーを見つけては、日記帳に挟んで押し花にしようとしている私を見つけると、女房は呆れ顔で「バッカじゃないの」と言ってくる。
「四葉のクローバーなんて突然変異なので、そう簡単にみつからないわよ」と私のやる気を削いでくる。だが、四つ葉のクローバーを探している自分が馬鹿らしく思えたことはこれまで1度もない。
そう言えば、高校時代の学校帰り、2歳年下の初恋の人と名鉄刈谷駅までの田圃道を四つ葉のクローバーを探しながら、歩いたこともあった。初恋の人とは4年間、付き合って別れたが、その四つ葉のクローバー探しは私の中ではいい思い出となっている。
私はまた春になったら、四つ葉のクローバー探しを続けるつもりである。探すコツも覚えた。こんなことしたって、遠い昔に帰ることはできるはずもないのに、そんな思いが頭をよぎるが、私は即座に打ち消している。
クローバー(シロツメクサ)の開花時期は3月から8月だが、花は朽ちてもクローバーの葉だけは12月ごろまでは、青々としている。
私は仕事の合間を縫って、四つ葉のクローバー探しをしている。私のそうした行為は所属しているバーベキュー班のメンバーや同じ公園で働く除草班のメンバーにも呆れられている。
これまでに集めた四つ葉のクローバーの数は300枚を超えている。その中には六つ葉が2枚、五つ葉が10枚もある。すべて押し花にして、保存してある。
四つ葉のクローバーを集め出したのは、録画してあったテレビドラマ『HERO』(ヒーロー)の映画版の中のシーンを観て、よみがえってきたことがあったからである。
そのシーンとは、木村拓哉が演ずる主人公が、かつて検事として実刑を求刑した被告人が病で倒れたことを知り、刑務所病院に見舞いに行くとき、その道すがらで、ふと見つけた四葉のクローバーをその被告人のために摘むというシーンであった。
主人公のやさしさが浮かび上がってくるシーンであった。
そのシーンを観ていて、幼い頃の思い出がよみがえってくることがあった。
小学校の5、6年生の頃、よく学校帰りの道ばたに生えているクローバーの中から、懸命に四つ葉をさがして、教科書で押し花にしていた。
柄になく、そんなことをしたのには、ある目的があった。
同じ塾に通っていた好きな女の子に、その四つ葉のクローバーを手渡して喜んでもらいたかったからである。
その女の子は、四つ葉のクローバーを手渡したとき、黙って受け取ってくれたが、その後は何の反応もなく、しばらく私は落ち込んだことがあった。
70年近くも前のことだが、私は今でも落ち込んだ気持はしっかりと覚えている。
その女の子は市内目抜き通りにあった洋品店の娘で、やがて結婚適齢期となり、ご養子をもらって、その後も元気で店を切り盛りしていた。だが、大型量販店のあおりを受けて、今は別の場所で店を開いている。
ディスカウントに特化したのがよかったのか、現在もその店は繁盛している。
私は30歳のとき、今の女房と結婚した。
どこで、私の女房のことを知ったのか、判然としないが、女房が私の普段着の洋服をその店に買いに行くと、やんちゃだった小学校時代の私の話が出て、昔のよしみという訳でもないだろうが、かなり値引きをしてくれていたようである。
私が小学生のとき、四つ葉のクローバーを手渡したことを今でも覚えていて、値引きをしてくれたのであろうか。私はそのとき、自分の都合のいいように解釈しようとしていた。
四つ葉のクローバーを見つけては、日記帳に挟んで押し花にしようとしている私を見つけると、女房は呆れ顔で「バッカじゃないの」と言ってくる。
「四葉のクローバーなんて突然変異なので、そう簡単にみつからないわよ」と私のやる気を削いでくる。だが、四つ葉のクローバーを探している自分が馬鹿らしく思えたことはこれまで1度もない。
そう言えば、高校時代の学校帰り、2歳年下の初恋の人と名鉄刈谷駅までの田圃道を四つ葉のクローバーを探しながら、歩いたこともあった。初恋の人とは4年間、付き合って別れたが、その四つ葉のクローバー探しは私の中ではいい思い出となっている。
私はまた春になったら、四つ葉のクローバー探しを続けるつもりである。探すコツも覚えた。こんなことしたって、遠い昔に帰ることはできるはずもないのに、そんな思いが頭をよぎるが、私は即座に打ち消している。
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