私の中には、忘れてしまいたい10年がある

 私が45年間、飲みに行っていたスナックが間借りしていた入居ビルが耐震工事をするのを契機にして、3月30日で店を閉めることになった。
 私がペースメーカー植え込み手術をした10年前からは、年に1度か2度、顔を出すだけであったが、私が開店当時からの客ということで、3月のはじめに閉店を知らせる葉書が届いた。
 コロナ禍ということもあり、一昨年の11月27日から、私は1度も顔を出したことはなかった。
 私も後期高齢者となっており、コロナ禍にはなかなか酔客がいて、カラオケのあるスナックに行くにはかなり勇気のいることで、3月下旬になっても顔を出そうという気にならなかった。
 そのスナックの馴染み客の1人に、たまたま私が働いている公園で出会い、自分は3月17日に寄ってみたと告げられた。それによるとカウンターと客の間はちゃんとアクリル板で仕切られており、グループ客と個人の客との間にもアクリル板の仕切りが設置されているので、コロナ感染の心配はないのではないかと教えられる。
 私は3月28日に地域コミュニティ推進協議会の役員会が午後5時から地元の公民館で開催されたので、その役員会が終了したあと、そのスナックに寄ってみた。
 午後8時頃から、次々に客がやって来て、20脚の止まり木が埋まってしまった。
 翌日が公園の勤務日だったので、午後11時に帰ったが、どうもそれまでの1週間は午前2時近くまで、店はやっていたようである。
 私は帰宅してから、改めて45年間、お世話になりましたと、経営者のママにショートメールを打った。

 12年ほど前に中学高校時代の男友だちと何回か、お酒を飲んだことがあったが、その男友だち全員がビール、ワイン、焼酎とお酒の種類はちがっても、それぞれに晩酌をやり、アルコールを毎日楽しんでいるようだった。
 そのことについては何の感慨もないが、ただ20歳前後の頃は、私が量的にはいちばん飲んでいて、他人の迷惑顧みず、クダを巻いていたはずで、その頃の私を知っている人からは、「コイツは将来酒なしでは生きてはいけないだろう」と決めつけられていた。
 そんな私がお酒を飲まなくなった直接の理由は、会社をRetireして、ストレスから解放されたことなどが考えられるが、いちばんの大きなキッカケは2009年11月にアキレス腱を断裂したことだった。
 アキレス腱断裂というのは、3ヶ月は身動きができず、さらに数ヶ月は後遺症のために普段の歩きができない。そのためにお酒を飲む気持にはならなかったというのが、私の断酒のきっかけだったと思われる。
 振り返ってみると、サラリーマン現役時代には営業担当という立場上、自分も分らないうちにストレスが溜まることが多く、少なくても週に1回は、そのストレスを発散させるためにお酒を飲んでいた。
 だが、会社をRetireして、ストレスを溜めることもなく、生来、アルコール好きではないという体質から、自然とお酒とは距離を置くようになった。
 上述のスナックにも年に1度か2度、顔を出すだけであった。

 私は、父親が胃癌に罹った22歳から31歳までの約10年間を「私の失われた10年」と勝手に呼んでいた。
 その「私の失われた10年」を私なりに言葉を変えて言えば、「酒びたりの10年」ということになる。
 週に4回は居酒屋でゴロを巻いていたし、特に父親が亡くなってからの半年間は、家にあった日本酒の一升瓶20本を2ヶ月ほどで飲み干してしまった。その後は歩いて10分ぐらいのところにあった居酒屋に入り浸りになっていた。
 そんなとき、私は会社で配置転換となり、新しい職場はそれまでの職場よりも数段やり甲斐のある職場で、私は少しずつ、サラリーマン生活に馴染んでいった。
 今までの職場では午後5時になると誰にも遠慮することなく退社していた。ところが配置転換になった新しい職場は年中忙しく、残業をしなければ与えられたノルマがこなせない状態であった。
 それまでの習慣なのであろうか、新しい職場で午後6時頃になると、体が自然にお酒をほしがって、集中力が散漫になって、イライラしてくる。
 私は愕然とした。
 午後6時になるとお酒をだらだらと飲み出し、日付が変わる頃に酔いつぶれて眠りに付く。そんな悪癖が身に付いてしまっていたことに気付かされたのだ。
 これでは、自分が自分でなくなると思い、週に1回の断酒の日を作り、次第に断酒の日を増やしていった。
 やがて、私は新しい職場での勤務ぶりを認められたのか、35歳のとき、社長室に呼び出され、直接、社長から三菱重工の営業担当に任命された。
 営業担当ということもあり、お酒はまた飲むようになったが、それも仕事と割り切り、プライベートで飲む回数も減り、家ではまったくお酒を飲むことはなかった。
 昔、テレビの人気者だった東京ぼん太さんのギャグではないが、やっとその「夢も希望もなかった失われた10年」に終止符を打つことができた。
 私にとって、あの頃の10年は、忘れてしまいたい10年と置き換えてもよさそうである。

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