私は父母の亡くなった年齢を超えて、しぶとく生き続けております

 どういう訳か、70年も経っているのに昨日の夢の中に母親の母、つまり「おばあちゃん」が登場してきた。
 その夢の中で、おばあちゃんは私に「カズくんや、ワシが愛用していた煙管と煙草盆はどこにいったか知っている?」と私に何度も聞いてくる。私はただ、首を振るばかりで、必死にどこにやったか、思い出そうとするが蘇ってこない。
 おばあちゃんは悲しそうに、そして恨めしそうな顔を私に向け、イヤイヤしながらフェイドアウトしていく。
 実際は、おばあちゃんは私が5歳のときに亡くなった。
 私の記憶では、おばあちゃんは平屋建ての一番奥の6畳の部屋で、いつも一人きりで過ごしていた。
 時折、部屋に遊びに行くと、おばあちゃんは手元の煙草盆から煙管を取り出し、キザミタバコをつめて、うまそうに煙草を吸っていた。
 一服吸い終わると私を手招きして、膝の上に座らせ、少し体を揺らしながら「カズくんはいい子だ。いい子だ。」と頭を撫でる。
 だが、おばあちゃんとの思い出はただそれだけで、あとは何ひとつ覚えていない。

 その後、おばあちゃんの煙草盆と煙管は娘婿である父親に引き継がれた。
 その父親は無類の煙草好きで、私が知っている限りでは、最初は「ゴールデンバット」、続いて「新生」、胃癌に罹る前までは「いこい」を吸っていた。当然、フィルター付きではなかったから、短くなって吸いにくくなると、いつもおばあちゃんの煙管の助けを借りて、煙草の葉がすっかりなくなるまで吸っていた。体にいい訳がない。
 煙草盆はおそらく明治時代に作られた年代物だったし、煙管は雁首と吸い口の部分は金で、それを繋ぐ竹が長い間使い込まれていて、黒光りしていた。父親は、煙管の雁首と吸い口の部分の金は24金だというのが自慢で、いつも一服吸うと煙草盆の中から、布キレを出すと丁寧に磨いていた。
 おばあちゃんが付けたのか、それとも父親が付けたものなのかは、余り判然としないが、歯形の跡がクッキリと残っていた。
 私は高校3年生のとき、養父に分らないように「いこい」を1本抜いて、おばあちゃんの煙管で吸ってみた。途端に部屋中の景色がグルグル回りだして、気分が悪くなってしまった。
 それでも、私はその後も懲りもせずに、養父の「いこい」を失敬しては、おばあちゃんの煙管で煙草を吸っていた。
 大学に入り、家庭教師などのアルバイトをするようになり、始めてフィルター付きの煙草「ハイライト」を吸うようになってからは、いつしか、煙管の存在を忘れてしまった。
 私が大学3年の秋、養父が胃癌に罹り、医者から喫煙禁止を言い渡された。
 母親が父親の喫煙を止めさせようとして、私のところに煙草盆と煙管を持ってきた。その煙管と煙草盆は父親が亡くなるまで、私の部屋に置きっ放しになっていた。
 父親が亡くなり、いつの間にか、その煙管と煙草盆が私の部屋から消えていた。母親が形見の品として、冥土の旅の退屈しのぎに、養父に持たせたに違いない。

 今度、おばあちゃんが夢に出てきたら、次のように伝えようと思っている。
 【そんな訳でおばあちゃん、ごめんなさい、今はもうあなたの娘も娘婿も亡くなり、あなたがこの世に存在していたことは、私がひとり、かすかに覚えているだけです。しかもあなたの煙草盆と煙管は父親があの世に持って行き、私の手元から消え去っています。余計なことですが、今はもう、あなたの娘も娘婿も人の記憶から徐々に消え去りました。あなたの愛用の品がなくなり、おいしい煙草が吸えなくなってしまい、本当にごめんなさい。】
 さらに付け加えて、【私は母親と父親の亡くなった年齢を超えて、まだしぶとく生き続けております。いずれは私も人の記憶から消え去りますから】と告げようと思っていた。

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