ノンちゃんの書いた文章を読まなかったことが、今でも心残りとなっている

 終活ではないが、昨日、本棚を整理していると高校の卒業アルバムが出てきた。
 その卒業アルバムに載っているスナップ写真の中に中学から高校まで一緒だった女子同級生を見つけ、たちまち懐かしい出来箏が蘇ってきた。
 その出来事については以前、次のように書き込んだことがある。

 「Issaくん、ちょっと相談に乗ってくれない?」
 ゴールデン・ウィークを1週間後に控えたある日の放課後、私が文芸部の部室で後輩部員と談笑していると3年4組のノンちゃんが深刻そうな面持ちで、私を尋ねてきた。
 ノンちゃんとは中学2年と3年のときに同じクラスだった。
 ノンちゃんは軟式テニスの部員で、2年生の3学期を迎えた頃、部員でもないのに私がノンちゃんの練習相手を数回務めたことがある。丁度その頃、テニス部の連中が高校受験で忙しくなって、練習相手がいなかったからだ。
 その後、私とノンちゃんは同じ高校に行ったが、入学時の選択科目の違いから、高校3年まで一緒のクラスになることはなく、正直、ノンちゃんの突然の相談に私は戸惑ってしまった。
 ノンちゃんは文芸部の後輩部員に気を遣ったのか、「4組の教室まで来てくれる」と言うなり、ノンちゃんは文芸部の部室を出てサッサと歩き出した。
 中学・高校時代、ヤンチャで手に負えなかった私は、また何かを仕出かしてノンちゃんに迷惑を掛けたのかも知れないと、ノンちゃんのセーラー服の後ろ姿を眺めながら、いろいろ思い巡らしていた。
 それにしても、高校生になって、ノンちゃんはますます大人びてきた。セーラー服の上からも胸の大きいのが分かる。
 4組の教室に到着すると、ノンちゃんは深刻な口調で「Issaくん、わたしネ、大学の国文科に進んで将来小説を書きたいの。どんな勉強をしたらいいと思う?どうしたら、いい文章が書けるようになるの?」とアドバイスを求めてきた。
 恥知らずにも文芸部の機関誌や仲間と一緒に上梓した同人誌にさまざまな雑文を載せていた私であれば、何がしか適切なアドバイスをしてくれるだろうと思い込んでしまったようだ。
 ノンちゃんはまったく場違いな男にアドバイスを求めている。というのは、私はこれまでノンちゃんの書いたものを読んだことがないからだ。
 文章が上手くなる方法などあろうはずがない。
 私はノンちゃんに言った。
 「まず、好きな作家や詩人の書いたものをできるだけ多く読んでみたらどうか、それから時間を見つけては自分の気持を素直に書いてみたら。とにかく、思い付いたことをこまめに書くことしか、文章が上手くなる方法はないと思うよ」
 無責任とは思ったが、私からはそれしか言えなかった。
 これが高校3年間で、私とノンちゃんと交わした会話のすべてである。
 ノンちゃんは、高校を卒業すると愛知教育大学の国語科に進んで、何年か後に教師をしながら自分の小説を自費出版したらしい。
 私は結婚後、3回ほど中学3年のときの担任T先生のところを訪ねたことがある。
 その最初の訪問のとき、T先生が「おまえ、ノンちゃんにどんなアドバイスをしたんだ。ノンちゃんが自費出版の本を贈ってきたので読んでみたが、感情が先立って、文章が乱れている。はっきり言って、読み辛くてたまらん。聞けば高校時代に、おまえにアドバイスを受けたそうだが、何を言ったんだ」と、T先生は女房が一緒なのに気にする様子もなく、詰問調で尋ねてきた。
 私は、好きな作家の書いたものを徹底的に読んでみたらとアドバイスをしただけだと言い訳をしたが、T先生は「もともと、文章を書くという資質がなかったのかも知れないな、・・・・・・」と独り言のように呟いていた。
 青春の真っ只中では感性が先立って、言葉に関してはひどく貧しい時代でもある。
 自己表現の方法が分らず、自虐的になったり、乱暴な言葉を羅列したり、時には余りに感傷的な表現をしたりして、自己表現を試みる。
 そうした試行錯誤の時代に、自分の心に響く言葉を投げかけてくる作家に出会えるかどうかが、物を書こうとする人たちにとっては大きな転機になると言っていい。
 自分勝手に思いを巡らすと、ノンちゃんはそうした作家に出会わなかったようである。
 ノンちゃんは45歳の若さで天国に召されてしまった。
 これまで何ひとつ、ノンちゃんの書いた文章を読まなかったことが、今でも心残りとなっている。

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