知らず知らずのうちに私の体に今沁みついた肉ジャガの味

 女房の1週間はなかなかせわしない。
 週に4日は午前3時から6時まで地元のスーパー銭湯の清掃作業と回転準備に行っているし、老人クラブの陶芸教室に週2日、そして月に1回はシルバー人材センターが主催するネクタイリフォーム教室、書道教室、手芸教室に通っている。
 さらに大府市が一般市民に貸し出している「いきいき農園」という自家菜園に、スーパー銭湯から帰ると出掛けて行く。女房はその「いきいき農園」の6畳ほどの一区画を市から借りて、季節によってさまざまな野菜を作っている。
 昨日と今日の夕食のおかずは肉ジャガであった。
 2人だけの生活なのに、女房は鍋いっぱいに肉ジャガを作ったようで、昨日だけでは処理し切れずに、食べ終わるのに今日の夕食まで掛ってしまった。
 だが、女房流の言い方をすれば、この肉ジャガは、すべて自家製ということになる。
 というのは、肉ジャガの中に入っているジャガイモと玉ねぎは、女房自らが「いきいき農園」で作ったものだったからである。
 私には、どんな野菜がいつの収穫時期で、旬の時期がいつなのか、そういう方面にはまったく疎く、関心もない。だが、今回の肉ジャガの中に入っているジャガイモと玉ねぎは、つい最近収穫したものらしい。
 そう言えば、2、3日前、青いポリバケツの中に見慣れない赤っぽい色をした芋が入っていたのを思い出した。また、先だって公園のアルバイトから帰って来ると玉ねぎが洗濯竿に引っ掛かっていたのを目撃していた。
 間違いなく、あのとき私が目撃したあのジャガイモと玉ねぎが、昨日今日の肉ジャガの中に入っていたと思われる。
 ただ、私はあの赤っぽい色をした芋がジャガイモだったとは気付かなかった。
 私が子どもの頃に見たジャガイモの皮の色はすべて茶褐色だけだった。今のジャガイモには、いろいろな種類があって、赤褐色の皮のものもあるようである。いずれにしても不思議な色をしていた。
 だが、見慣れぬ色のジャガイモだったが、やはり、女房の作った肉ジャガは美味しかった。
 玉ねぎもサキッとした歯応えがあつたし、味も甘くて美味しかった。肉と糸こんにゃくとの味のバランスもいい。
 私は有機野菜を売りにしている惣菜屋や、サラリーマン時代には居酒屋でお酒の<当て>で肉ジャガをよくたのんだものである。だが、不思議と女房の手作りの肉ジャガがいちばん美味しい。
 私は35年間、母親の味で育ってきた。
 こんなことをいまさら言うと女房は機嫌を悪くするかも知れないが、島根県出身の女房の味付けがいかにも薄くて、なかなか馴染めなかった。
 私の体は、未だに養母手作りの麹味噌から作る味噌汁の味が抜けきらないし、養母のブリ大根の味を体が覚えている。悲しいかな、養母が亡くなってから、40年になるが、その味付けを超えるブリ大根に出会ったことがない。
 人間、子どもの頃の味はなかなか忘れられないものである。自分のふるさとのようなものだ。
 母親の味付けが一つでも残ってくれることを願っていたが、とうとう何一つ、子供の頃の懐かしい味は残ることはなかった。
 だが、母親が私のために一度も肉ジャガを作らなかったことが幸いして、結婚して43年間の間に、知らず知らずのうちに私の体に今沁みついているのは、誰でもない、女房手作りの肉ジャガの味である。
 ひょっとして、私のことだ、死ぬ直前に朦朧とした意識の中で、女房手作りの肉ジャガが食べたいと言って、周りの者を困らすかも知れない。
 今日の夕食に、残り少なくなった肉ジャガを食べ終えたとき、私はそんなことを考えていた。

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この記事へのコメント

2021年04月10日 22:02
年齢と共に味覚は衰えるそうです。
だから、子供の頃の味は美味しかったと思うとか。
カレーも、たまに子供の頃のルーを使って懐かしさを堪能しようと作っても美味しくないんです。
issa
2021年04月11日 08:28
一般人さん、そうかも知れませんね。
私は今年で喜寿を迎えますが、母親の作ってくれた料理の味を懐かしむのは、母親の思い出がフェイドアウトしないように抗っている証しの一つなのかも知れないですね。