日本語は本当に難しい、今更ながらの私の本音である

 今日、自然科学者の坪井忠二氏が日本独特の挨拶文を不思議な文章だと書いていたのを再読していた。
 その文章とは次の通りである。
 <「たいへんお寒くなりましたが、貴下にはますますご壮健にお過ごしのことと存じ、およろこび申し上げます」などというと、主語になるべきものが三つもある。われわれはこういう表現になれているから、まあいいだろうし、またこれで味もあるのであろう。しかし、主語があっちへ行ったり、こっちへ来たりして、考えてみれば、不思議な文章である。(後略)>
 私も全く同意見で、何度読み返しても不思議な文章で、後期高齢者になった今でも馴染めないでいる。
 私は、なまじっか、大学のときに4年も5年も英文和訳や和文英訳で苦労したことがアダとなって、こうした、言わば挨拶文というのが大の苦手であった。サラリーマンとなって、全面的に営業を任されてから、客先に公式な文書を書く機会が年々多くなったが、手元にマニュアルがなければ、こうした挨拶文は定年になるまで、私は要領よく書けなかった。
 部下ができてからは、卑怯にも、たたき台の公式な文書を部下に作らせて、決して間違いを許されない肝心な数字だけをチェックするのが常だった。
 私の主要客先は三菱重工があったが、営業担当になって2年目、部下がまだいない頃に、失礼にもこうした挨拶文や公式な文が適切かどうか、相手先の総務部の主務のところへ、恥を忍んで何度か相談に行ったものである。
 三菱重工にはさまざまな公式文の様式があって、一冊のマニュアル本になっていて、その管理をしていたのが総務部だったからである。
 「習うより慣れろ(It's better to accustom yourself t than to "learn" it.)」とよく言われたが、客先の主務が呆れるほどに、私はこうした挨拶文や公式な文には営業担当を解かれるまで慣れることはなかった。個性をでき得るかぎり、打ち消さなければならない文章がどうしても好きになれなかったのも挨拶文に慣れなかった最大の要因であった。

 例えば、「拝啓、初夏の候、貴社ますますご清栄のことと存じ、お慶び申し上げます」という簡単な挨拶文を書くことが無味乾燥に思え、書いていて何とも味気なくて、次第に私は苦痛になり、ストレスが溜まってくるのである。
 そして、こんな簡単な文章にも関わらず、戯れに英訳しようとすると、坪井忠二氏が例文で指摘しているように、3つの主語が必要になってくる。
 「拝啓」は呼びかけなので主語は必要ないとして、そのあとの「初夏の候」には、非人称の It が隠れているし、次の貴社は唯一、はっきりと表れた主語で、Your companyであるし、最後の「お慶び申し上げます」の主語はWeもしくはOur companyのはずである。
 もし、この文を一つひとつ、主語と述語を区切って、無理やり3つの文章にしてしまうと、今度はまた途轍もなく平坦で無感情な日本語に行きつく。
 それを避けるために個人の感性や好みによって、幾組もの表現が可能であり、そこに個性ともいうべき文章のスタイル、即ち、文体というものが生み出されてくる。
 だが、そうした個性のある文章は受け取る側の人間によっては好ましくないと思う人が出現することも考えられる。
 日本語は本当に難しい。今更ながらの私の本音である。
 長年付き合ってきたビジネス文の退屈な文章から、やっと解き放たれたことで、やれやれという安堵感が先立って、客先から借りてきたせっかくのマニュアルは、いつの間にか、私の手を離れ行方不明となっている。たぶん、会社をRetireするときに、ロッカーに置き忘れてきたものと思われる。
 私はこのブログを書き出してから丸15年になる。
 これも自分の感性に従い、好みの文章を書き続けてきたことが、ブログを15年も継続できた要因かも知れない。

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