それが私が酒を飲むときに自分に課したルールであった

 私は結婚してから人並みに晩酌をやっていたが、あることを契機に30代後半ぐらいから、晩酌を断った。
 私が勤めていた会社は、今から40年ほど前に愛知県半田市に新工場を建てて、私が営業担当していた製品をその新工場で生産・出荷することとなり、新工場稼動とともに、私は半田市に転勤することになった。
 新工場の工場長は、私が師と仰ぐ本社の常務と兼任で、1年間のみ、私が実質的に新工場の責任者となった。
 順調に新工場での生産が始まり、運よく、すぐに新製品の受注が決まり、現場では昼夜二交代制勤務が始まることとなった。
 ところが、ある夜、夜勤者から機械の故障が起きたと私の家に電話があった。私はもう晩酌を済ませていて、車を運転して工場に行くことができず、寝ていた女房をたたき起こして、工場まで私を運んでもらったことがあった。
 女房はその頃、看護師をやっていて、たまたま、その夜は家にいて工場まで送ってもらうことはできたが、女房は3日に2日は準夜勤、深夜勤務で、むしろ夜中には家にいないことが多かった。
 従って、工場に緊急事態が起きたときには、自宅からタクシーで行くには工場は遠すぎて、私は嫌でも自分で車を運転して、工場まで出向かなければならない。
 自動車産業に携わる者は、たとえお猪口一杯とは言え、飲んだ時点で絶対に車を運転してはならない。
 そのことに気付いたとき、私はきっぱり、次の日から晩酌するのを止めた。
 それから数年後、売上が7倍になり、常駐の工場長が置かれるようになって、夜中に私のところに電話が掛かることもなくなった。だが、我が家に晩酌という習慣が復活することはなかった。
 私がもともと、アルコールが体質に合っていないということも、きっぱりと晩酌を止めることができた要因なのかも知れない。
 従って、私には酒を飲んで記憶がなくなるという経験はないが、酒を飲むと途端に忘れっぽくなるのは治らなかった。
 客先を接待する目的は、新規開発品の有無やモデルチェンジなどに絡んだ新製品情報の入手するためである。とは言え、客先もあからさまに情報提供してくれる筈もなく、それとなく言葉を濁して、ヒントを与えてくれる。それが得意先の担当者の常道だと言っていい。
 ところが、私はアルコールが入ると集中力が鈍り、最初のうちは客先の折角のヒントや情報提供を聞き逃してしまうことが多かった。営業担当としては、大失態である。
 私はその反省を踏まえ、アルコールを飲むと忘れっぽくなることを客先に正直に告げて、アルコールを飲む前に、客先に私に聞こえる程度の独り言を呟いてもらい、情報提供をしてもらうようにしていた。
 それは、酒を飲むと忘れっぽくなるという弱点を、自分なりに把握して、何とかリカバーしようとした戦術だった。
 相手にしてみれば、勝手な独り言で、こちらはただ聞くだけで、余分なことは一切聞き返すことはできない。あとは独自で他部署から仕入れた複数の情報と紡ぎ合わせて、一つのストーリーを自分で組み立てていく。
 その結果、得意先が自己開発した商品をどこかの工場でライン生産をするという情報に集約されると、早速、その商品の組み立て部品の中に自分の会社の設備に合った製品があるかどうかを関係部署に探りを入れる。そして技術部から秘密裏に参考図面を入手し、前もってコストダウン案を考えておく。
 だが、そうしたニュースソースは、たとえ、それが自分の会社の社長といえども決して明かさない、それが28年間、継続してやってきた私流の営業姿勢であった。
 受注が本決まりになってから、社長に報告すると「なぜ、もっと早く情報を流さないのか」と叱責されたが、おいしい話というのは情報が漏れやすいので、私はたとえ社長であっても、そうした情報を告げることはなかった。
 酒を好むという人の嗜好品については、何人も口を挟む余地はない。だが、自分の忘れっぽい行動が多くの人の夢を砕くことになると思えば、やはり、自制心の限界点は超えてはならない。
 それが、私が酒を飲むときに自分に課したルールであった。

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