それが、私が普通電車で名古屋に行く理由である

 私はコロナ禍で、この2年間、名古屋に出かけることを控えていた。
 最近、名古屋に行きたいという気持がひとしお募ってきている。
 名古屋には中学高校時代には、毎週のようにJR名古屋駅東口にあった名古屋東映や納屋橋の名宝スカラ座に映画を観に行っていた。
 大学受験に失敗して1年間だけ、JR名古屋駅西口側にあった予備校河合塾に通っていた。そして南山大学に合格してからは5年間も名古屋の八事に通っていた。また会社をRetireしてからは駅前の外国語学校I.C.NAGOIYAへ2年間、通っていた。
 名古屋は76歳の私にとって、第2の故郷と言っていい。
 名古屋には概ね、普通列車で行っていた。普通電車にしたのは座席に余裕があって、ゆったりと行けるという理由もあるが、車窓からJR東海道線の沿線風景をじっくり眺めてみたかったからである。
 私が浪人生や大学生だった56年前にはなかった駅が2つ増えている。1つは尾頭橋駅で、もう1つは南大高駅である。
 尾頭橋駅はナゴヤ球場と競馬のJRA場外発売所のために作られた駅だと言っても過言ではなく、当然のことながら、名古屋ドーム完成と同時に乗降客は以前に比べて減少してしまった。
 南大高駅は、大型量販店の進出と新たに開発造成された区域に高層マンションや一戸建ての家屋が今や建設ラッシュ状態の中で、今後の乗降客の増加が見込まれて建てられた新駅である。
 共和駅から大高駅の中間に、その新駅は建てられた訳だが、その間の景色はさすがの私も舌を巻くほどの変貌ぶりである。車窓から景色を眺めているとまるで巨大な生き物のような大型量販店の建造物が消えたかと思うと、今度は高層マンション群が目の前に迫り続けて通り過ぎていく。次に目に入ってくるのは、延々と続く一戸建ての家屋群で、緑が多かった町の様相がガラリと変貌している。
 大高駅までの線路脇のフェンスは真新しくなり、若干、線路とフェンスとの幅も広くなったように思える。
 幅が広くなったために3年の間、同じ列車で通った高校時代の同級生ケイコちゃんの家が車窓から見えなくなってしまった。
 私は突然、高校卒業式の日にケイコちゃんから、「3年間、ISSAくんと一緒の電車で通えて、とても嬉しかった」と告げられたが、先だって、60年ぶりに本棚を整理していたら、高校時代の修学旅行の写真が何枚か出てきた。
 私は意外なことに気付いた。
 その白黒写真は、すべて私が撮ったものだが、ケイコちゃんがいつも真ん中にいて、どう見てもケイコちゃんに焦点を合わせていたしかと思えない構図になっている。
 3年間、いつも同じ電車で通学していて、私も少なからず、ケイコちゃんのことが気に掛かっていた証拠である。恥ずかしそうに目を大きくくるりと開けているケイコちゃんの表情が、今にも私に語り掛けてくるようである。
 大高駅に電車が停まると、決まって、私はあることが頭をよぎり、甘酸っぱいに気持になってくる。
 3ヶ月間ほど下駄箱に入れたままで、汚れっ放しだった私の運動靴がいつの間にか洗濯されていて、きれいになった運動靴の上に、「勝手なことをして、ごめんなさい」と書かれたメモを見つけたとき、ケイコちゃんだと直感していた。
 だが、私は卒業するまでそのことを確かめなかった。それがもし、ケイコちゃん以外だと判ったら、自分がどれだけ自惚れていたかを思い知らされる。それが怖かった。
 今は亡き高校時代の親友、かずみっちゃんに言わせると、「お前なんかにそんなことをしてくれるのはケイコちゃんしかいないよ。彼女の気持も察せずに、礼のひと言も言えねえヤツは、男としてサイテーだ」ということになる。
 あの頃も今も、私は女の人の気持を察するのは苦手で、野暮な男である。
 そんな思い出は自分の存在証明であり、私が普通電車で名古屋に行く理由でもある。

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