相変わらず、その女性の顔は美形のままだった

 私は少しの時間が空くと、阿刀田高氏の『私が作家になった理由』を読んでいる。
 今朝、女房と一緒に「あぐりタウンげんきの郷」に車で出かけていったが、女房と私は行きたいところが違っていたので、別行動を取った。
 女房は野菜と魚を買いに行き、私は「すくすくヶ丘」の中にあるスイーツ&フードコートに向かった。最近、甘い物に目がないからだ。
 女房の買い物は時間がかかるので、私が車のキーを持つことにした。
 私は自分の好みのスイーツを買って、車に戻り、そのときも阿刀田高氏の『私が作家になった理由』を読んでいた。
 車の中で、20分も待たされたが、その本のおかげで退屈はしなかった。
 その本の中に次のような一文があった。
 <今日このごろ、大学やカルチャー教室などで小説について話すとき、私はモチーフという言葉をあげて説明する。正しい文芸用語ではないが、これを説明したほうがいい。作家が小説を書くとき〝これを読者に訴えたい〟という一条があり、読者の側から見れば〝この小説、なにが言いたいんだ〟問う、その〝なにが〟に当たるもの、それがモチーフだ。(中略)テーマに似ているが区別したほうがいい。>

 そう言えば、13年ほど前、中学からの友だちが「恋愛小説を書けよ」と迫ってきたことがある。
 私は高校3年生から、大学3年生まで、初恋の人と付き合っていた。自分の両親が同時に病院に入院して、どうしても夜も昼もアルバイトをしなければ、病院代が払えなくなり、初恋の人に迷惑が掛かると思い、彼女とは会わなくなった。
 その彼女との4年間をモチーフに恋愛小説を書こうという気になったこともあったが、その頃の私は、そんなモチーフだけではとても小説は書けないと思っていた。
 最後にはその中学からの友だちは「アンタが書かなきゃ、オレが書くから」と私にハッパをかけてきたが、私は書こうとはしなかった。
 そう言えば、何年か前、中学からの友だちが高校の新聞部の仲間たちが集まったとき、「オレ、今な、小説を書いている」と言っていた人がいると、彼はブログに書いていた。
 そんなに簡単には小説は書けないよと思っていた。まず「オレ、今な、小説を書いている」だけでは、【なにが書きたいんだ】というモチーフが伝わってこないし、その頃の私はテーマがなければ小説ではないと思っていたからだ。
 だが、阿刀田高氏が『私が作家になった理由』で、〝小春日和に猫が昼寝をしている。ああ、こんなのどかな日があるいんだ〟と、このくらいのモチーフでも充分に小説は書けるのだ、と語っているように、小説は肩ひじ張って、大上段に構えたテーマが存在しなくても小説は書ける。
 そう思えば、「オレ、今な、小説を書いている」と言った人に【そんなに簡単には小説は書けないよ】と上から目線で言ったことは、今から思えば、失礼極まりない暴言であった。
 私はその初恋の人だけではなく、自分の中に湧いてきた恋心をモチーフにして、幾つもエピソードを書いてきた。だが、それは小説ではなく、あくまでもエッセイのつもりである。
 昨日、このブログに書いた30年前のバレンタインデイに中途入社の女性からもらったチョコレートの話も、正直に言えば、私がその女性に好意を持っていたから生まれたエピソードである。
 さらに話を広げると、7年前に私が市営駐車場の管理人をしていたときに、その女性が駐車場に車を停めて名古屋に出かけるときに出会ったことがある。時は人の心を置き去りにして流れていく。私は何の拘りもなく、笑顔で話しかけていた。
 私は自分の意思とは別に30年前のバレンタインデイの夜にチョコレートをもらったことを思い出していた。
 相変わらず、その女性の顔は美形のままだった。

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