今年はバレンタインデイのチョコを受け取ってくださいね

 私は現在、市の公園で男性10名、女性4名と共に、1ヶ月で12日から14日間ほど働いている。
 昨日、女性4名の中に1人から、私のパソコンに「2月14日のバレンタインデイにチョコレートを持って行くから受け取ってくださいね」というメールが入っていた。
 そう言えば、去年のバレンタインデイのとき、私は男性メンバー全員にチョコレートを渡す様子ではなかったので、その女性からのチョコレートを「オレはもうそんな歳ではないから、みんなで食べようよ」と受け取りを拒んだことがあった。
 あえてメールをくれたのは、今年は男性全員にチョコレートを渡すから、受け取ってほしいという意味のようだ。

 私は聖バレンタインデイの日には、特別な思い出がある。
 私は、部下に4人の女性がいた頃、義理でチョコレートを貰ったことある。私はこれまで本命のチョコレートを貰ったことがない。
 会社が新しい工場を愛知県半田市に建て、私が先発陣の責任者として新工場に赴任してから2年後、ある女性が私のいる工場へ入社してきた。
 その女性は、製造部長の意向で私が新規に受注してきた部品を製造する部署に配属された。始めの半年間はそうでもなかったが、あるカーメーカーでその部品の搭載が決まると一気に注文数量が増えて、昼夜2交替で生産しても間に合わない状態になった。
 新工場の責任者である取締役常務が、運営委員会で専用設備の発注を提案し、会社から認可されたが、その専用設備が完成するのは半年後である。
 その間、私は人海戦術を掛け、昼休みも機械をまわし続けた。私は専用設備が入るまでの期間、朝1時間早く出勤して汎用設備を稼働させ、夜は自分の仕事を終えてから、夜10時まで、その部品の検査や洗浄、防錆、出荷準備を手伝った。
 そして偶然、その部品の最終工程をやっているのが上述の中途入社の女性であった。そのために彼女とは話し合う機会が多くなっていた。
 私の残業時間は月100時間を超えていた。

 その年の聖バレンタインデイの日、昼休みや休憩時間に自分の課の女性たちや現場で働く女性たちからチョコレートが私の元に届いた。私は義理チョコでも何だか嬉しくなっていた、
 夜10時過ぎに会社から帰ろうとすると、会社の門の影から人影が現れ、「ちょっとこれ」と声を掛けられた。渡されたのはピンク色のリボンの付いたチョコレートの箱であった。上述の女性である。
 まだ仲間と一緒に仕事をしているので、その人たちに見つからないように持ってきましたと言い、「このチョコレートは他の人とは気持の入れ方が違いますから」という言葉を残し、彼女は現場のほうに走っていった。
 私はその言葉をずっと彼女一流のジョークだと受け止めたままでいた。
 次の年の聖バレンタインデイの日は、私は韓国へ出張していた。
 出張を兼ねて、私は2日間の休暇を取り、ソウルでカジノや競馬で遊び、会社に帰ってきたのは、聖バレンタインデイ後5日も経っていた。
 ある日、机の中を見ると彼女からの手紙が入っていた。【チョコレートを渡そうとずっと待っていました。一昨日、悪くなると思い、冷蔵庫にしまってあったチョコレートを、自分で取り出して食べました。何故か悲しくなり、涙がこぼれました。でも、お仕事で出張ですものね。気にしないで下さい】と書かれてあった。
 彼女は翌年、聖バレンタインデイを待たず、会社を辞めていった。CAD‐CAMの技術を買われ、一流企業へ転職していったのである。
 彼女が会社を去るときも、私は九州の鋳造メーカーに出張であった。
 何度も書き直したと思われる別れの言葉で綴られた手紙が私の机の中に置いてあった。
 私は最後に会えなかったことが心残りで、彼女の新しい勤め先の駐車場に車を停め、定時で仕事の終わる彼女を待っていた。
 どっと定時で帰る何百人という人たちの中に彼女を見つけ、「どうも2年間、ありがとう」と自分の車に急ぐ彼女の背中に、私は心の中で呟いた。
 聖バレンタインデイがやってくると、私は彼女を思い出し、門のところで渡してくれたチョコレートは、きっと本命チョコだったと自分に言い聞かせていた。

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