彼はサラリーマンとして、順調に階段を上っていったようである

 今月の初め、サラリーマン時代に付き合いのあった会社から、九州博多の「明太子」が送られてきた。
 私が会社をRetireしてから、15年も経つのに、まだこうした贈り物が届けられる。送り手は従業員20名の会社社長である。
 15年目とキリがいいので、もう気遣いはいいからと会社に電話を入れた。
 ところが、相手の声は目的相手の声ではない。どうも、電話番号のメモリーの一つ上か、下を押したようだ。
 「失礼しました。電話番号を間違えました」と言うと、電話の相手は鸚鵡返しに、「Issaさん、お久し振りです。わたし、Nです。お元気ですか」と話しかけてくる。
 相手は、この東海地区で、社員500名を超える大手の鋼材メーカのかつての営業マンであった。15年も経っているので、彼はすでに取締役になっているかも知れない。
 私は「元気そうで何よりです。忙しいところ、間違い電話を掛けて、申し訳ないことをしました」と言うと、「とんでもないことです。会社の近くにお越しになったら、遠慮せずに、立ち寄って下さい」と言ってくれる。
 私は「今後ますますの活躍を祈っています」と告げて、電話を切った。その途端、私は彼の新入社員の頃を懐かしく思い出していた。
 彼は、今の会社に入社して間もなく、私の会社の営業担当になった。
 上司に連れられて、私のところに挨拶に来たとき、私は、何て覇気のない新入社員だと思った。私の目を直視しようとしないのだ。営業担当となったのに、彼は営業活動をするのでもなく、伝書鳩のように会社の要件を伝えに来て、私の回答を会社に伝えるだけの営業振りであった。
 私には全くやる気が見えなかった。それでも私は根気よく付き合っていたが、半年ぐらい経ったある日、彼が私のところに、悩みを聞いてほしいとやってきた。
 今の会社には、希望を持って入社したが、同年代の同僚がおらず、上司からは小間使いの仕事しか与えられないし、思い当たらない理由で怒られてばかりいる。会社を辞めようと思っているが、意見を聞かしてほしいと言うのである。
 彼はなぜ、私に悩みを打ち明けにきたか、それを考えると私は軽率なアドバイスは出来ないと、真剣になって、自分なりの考えを彼に伝えた。
 「学生生活と会社生活は、もともと大きな違いがあって、少なからず誰もがぶち当たる壁で、何も言わず、3年間、頑張ってみてはどうか。それに、同年代の同僚がいないということは、出世を競うライバルがいないということで、自分が一番、出世の最短距離にいるというふうに考えを変えた方がいいよ。君の会社の上司を見てみると係長、課長はもう40代じゃないか。真面目にやれば、すぐ出世できる。私の担当する鋼材は、出来るだけ君の会社に見積を取るようにするから、頑張ってみろ」と最後の方は命令口調になっていた。
 それからしばらくして、彼は、私の会社の営業担当を外れていった。
 5年後、再び、彼は上司に連れられ、私に挨拶に来た。私の会社の営業担当に復活したのだ。
 渡された名刺には、営業係長と印刷されてあった。彼は、上司が席を外しているとき、「Issaさんのお陰で、これまでサラリーマンをやってくることができました。その節は、ありがとうございました」と深々と頭を下げられてしまった。
 実は私は、彼はとっくに会社を辞めているだろうと勝手に思い込んでいた。思惑がはずれてよかった。
 私が、「一人前の営業マンになって、本当に良かったね」と声を掛けると、「とんでもございません。Issaさんのお陰です」と言う。
 よせばいいのに、私はまた、一言多い言葉を言ってしまった。「営業担当なら、覚えておいた方がいい。【とんでもございません】は正しい日本語ではないので、使わない方がいいよ。とんでもないという言葉は、英語でいうと熟語みたいなもので、切り離して使うことが出来ない言葉だから、【とんでもございません】は、【とんでもないことです】と言い換えた方がいい」と営業の先輩風を吹かして、そう言ってしまった。
 その後、私が会社をRetireするまで、彼との付き合いは続いた。
 特に、デフレスパイラルの時代には、中小企業には入手することが困難な鋼材を、彼は私のために奔走してくれた。
 私が会社をRetireする1週間前に、彼は会社の専務と常務を連れて、私に挨拶に来てくれた。彼が今の会社で、どんな重要な地位にいるのか、そのとき、私にははっきり分かった。
 そして、私が間違って電話したとき、彼は入社当時の口癖だった【とんでもございません】を使わず、ちゃんと【とんでもないことです】という言葉を使っていた。
 彼はサラリーマンとして、順調に階段を上っていったようである。

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