その後、二度と呉服屋の若旦那とも同級生の娘とも会うことはなかった

 私の22歳のころ、父親が肺がんとなり、安城厚生病院に長期入院をしたので、私は昼間は鉄工所で働き、夜は愛知県刈谷市にある雀荘に半年間ほどアルバイトをしていたことがある。  働く時間は通常午後7時から11時までである。但し、昼間の会社が休みである隔週の土曜日と日曜日は午後3時から店に出ていた。  毎週水曜日、いつも私の到着を待っていて…
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私は少しずつ、英語教師の使う日常の英会話に馴染んでいった

 私は満62歳で会社をRetireした。  60歳で定年を迎えて、会社から定年延長の要請を受けたが、私は2年間という期限付きで了承した。満62歳になると厚生年金が満額支給となるからだ。  そして、私は名古屋にある南山大学を5年で中退したので、会社をRetireするとすぐ、同じ文学部に再入学が可能かどうかを教務課に尋ねに行くと「それは…
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今、彼女は子育て奮闘中とのことである

 私は2006年の6月から3ヶ月間、ハローワークの職業訓練の一環として、外国語学校I.C.NAGOYAでビジネス英語を学習した。今から15年も前のことである。  その中に28歳の女性がいた。名前をKanae(歌苗)さんと言った。  喫煙仲間ということもあり、他のクラスメートより本音で話し合うことが多かった。  彼女はグローバルビジ…
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私を除いて、13人の同僚メンバー全員がスマホを利用している

 最近、パソコンの画面に突如として【WinZip Driver Updater】というフレームが登場して、これからパソコンでやろうとしている作業が妨げられるようになった。  【WinZip Driver Updater】が一旦、登場するとそのフレームの右上の×印をクリックしてもなかなか消え去ろうとしない。何度もバツ印をクリックしている…
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2007年7月の記事に【ブログ気持玉】が付いたことを知らせるメールが届いた

 BIGLOBEウェブリブログをやり出したのは2006年の6月からなので、今年の6月でほぼ15年となり、その間にUPした記事は5300を超えている。  BIGLOBEウェブリブログには、【ブログ気持玉】というクリックするだけでブログに感じた感想を付けられるサービスがある。その気持玉の種類には、なるほど、驚いた、面白い、ナイス、ガッツ、…
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【夢はすてたと言わないで】よかったと、つくづく思ったものである

 私は市の公園で働いているが、出勤時に管理事務所に入るとき、必ずドアを3回ノックするようにしている。  1月17日の午後からの出勤時にも同じようにドアを3回ノックした。  すると先に出勤していた女性メンバーに「事務所のドアをノックして入るのはISSAさんだけですよ」と言われてしまった。  私は意地悪を仕掛けたつもりではなかったが、…
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今のパソコンはWindowsXP、Windows7に次いで、今使用しているWindows10で3台目となる

 私はほぼ毎日、午後7時ごろから、Wordでブログの文章を書き始める。  昨日も同じようにWordで文章を書いて、インターネットに繋ごうとしたら、突然、画面がフルーズ状態になってしまった。  以前、再起動して修正ができたので、同じように再起動をクリックしてみたが、特定のアプリに原因があるので、そのアプリを復帰させるか、またはキャンセ…
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その後、女将さんの浮いた話は一度も聞くことはなかった

 私は30歳から45歳ぐらいまで、隣の市の刈谷市の土日市場の居酒屋に飲みに行っていた。  今は規模が縮小されているようだが、当時の土日市場は、月の土日曜日に肉、野菜、魚などの市が立ち、近隣の市町村から、かなりの人が集まり、市場として盛況を呈し、どの週も人出で賑わっていた。  市場の敷地の片隅にプレハブで建てられた居酒屋が6軒並んでい…
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大府市の感染者数はまだまだ増えそうである

 昨日の夜、女房が「○○さんの奥さんと話したことがあるの?」と訊いてきた。  私は、その名前を1度も聞いたこともないし、話をしたこともない。  女房曰く、その奥さんのダンナさんとは陶芸教室の仲間であり、よく話をするそうである。  私は月に2回、地元の公民館で「旅先での英語」という授業を受けているが、その教室で、奥さんはまた私と一緒…
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上海のガーデンブリッジを歩いているのは、私一人だけであった

 私は2003年3月から2006年3月にかけて放送された英語トークバラエティー番組「英語でしゃべらナイト(毎週月曜日23:15 - 23:45)」を毎週欠かさず、観ていた。  その2006年1月3日に放送された「英語でしゃべらナイト」は上海スペシャル版で、和平飯店の「上海オールドジャズバンド」のことが話題に上っていた。  その放映を…
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学生同士の「同棲」は即結婚に結びつかない

 女房の弟の息子が2月28日に結婚式を挙げる予定になっていたが、弟からコロナの影響で6月に延期するという連絡があったとのことである。  女房曰く、その子たち、もう6年も同棲していたとのことである。  今の時代、付き合っている男女が同棲するというのは、そんなに珍しいことではないようである。相性が良くないとわかれば、合意のもとで同棲を解…
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それだけ世の中が世知辛くなってきた証しなのであろうか

 今日、公園の勤務は午後1時からであったが、私と同じように公園で働いている2つの班の男女3人の同僚が、私の出勤するのを待っていた。  私は昨日のブログで、公園の西側入り口に造られたロータリー広場を取り囲んでいる土手に植えられていた蝋梅についての記事を書いた。  記事は、その蝋梅が誰かによって掘り起こされて、持ち去られたという内容であ…
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会話が成立したあとは、充足感が満ち足りた気分になってくる

 私は大府シルバー人材センターの理事を仰せつかっている。  毎月第三火曜日は理事会が開催されることになっている。今日も午後1時半から理事会は開かれた。  理事会にはシルバー人材センター事務局から3名、商工会議所と市役所からの理事が合計で3名、そして外部からの監事が2名と私たち会員理事12名の計20名で開催される。  私の住んでいる…
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私も今年の誕生日がくれば、満77歳になる

 私が働いている公園の西側入り口に臨時停車のできるロータリー広場がある。  以前から、広場を取り囲む土手に1本の蝋梅が植えられている。日当たりがいい場所だったので、1月14日の巡回のときには、花は満開状態だった。  ところが、昨日の17日の勤務日に再び行ってみると、その蝋梅の木が消滅していた。その場所には何らかの工具で掘り起こされた…
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後期高齢者になった今でも、心はあの頃の青臭さのままである

 私は最近よく、ある歌を思い出すことがある。「我が良き友よ」である。  私にはどうしても避けては通れない時代があった。  その時代とは、私が大学受験に失敗し、友だちの中で自分一人だけが浪人をしていた時代である。  私が浪人していても、中学高校時代の友だちS、T、Mと私の4人が、さしたる用事もないのに自然と集まり、近くの居酒屋や家で…
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それより何より、私は「SSL/TLS」「OS」の意味をまったく理解できていない

 先だって、FACEBOOKのあるページを「アーカイブに移動」をクリックして、FACEBOOKのプロフィール画面から移動させたが、そのページが行方不明になってしまったことを書いた。  今日、改めてFACEBOOK以外から、その行方を捜していたが、ひょっとしたら、FACEBOOKのプロフィール画面から行方が分かるかも知れないと、画面に表…
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感染経路不明というのは何とも不気味である

 私は2014年に地域自治区の区長が自ら私の家を訪れて、広報部長になってくれないかと頼まれて、最初は断っていたが、3度目に訪問されたとき、引き受けてしまった。  区長は高校生の同級生で、しかも3年生のときには同じクラスであった。余談だが、共に仲間に推されて学級委員に立候補したこともあった。  そんな因縁めいた仲でもあったが、よほど人…
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あれから60年の歳月が流れている

 女房はどこから聞いてきたかは知らないけれど、唐突に「堀尾先生、新川でまだ元気で診察しているわよ」と言ってきた。  堀尾先生というのは、高校3年生のときに一緒のクラスであり、共にやんちゃな遊びをした仲であり、名古屋の高校で、桂枝太郎師匠を講師に迎えて「落語研究会」を立ち上げたという話を聞き、自分の高校でも「落語研究会(落研)」を立ち上…
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私はせっかちで失敗ばかりの自分をそう慰めていた

 私は中日新聞プラスの会員登録をしている。  中日新聞の定期購読者であれば、無料で会員登録ができ、中日新聞のWEBページにアクセスして、さまざまな記事を読むことができる。同時に東京新聞と東京中日スポーツのWEBページにアクセスして記事を閲覧することも可能である。  従って、定期購読している中日新聞で、私が毎日読むのはラテ欄と尾張知多…
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Wordで書類を作成しようとしたが、その手順のいくつかを忘れてしまっていた

 私は市の公園で、月に14日から11日間の日数で働いている。早いもので、今年の4月3日で丸5年になる。  勤務シフトは午前と午後に分かれてはいるが、勤務時間はメンバー均等で4.5時間である。時給は愛知県の最低時給が927円と決められているが、私たち公園勤務の時給は930円となっている。  シルバー人材センターでは給料と言わず、配分金…
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去年は中学のクラス会を開催する年になっていた

 去年は中学のクラス会を開催する年になっていた。  だが、降って湧いたようなコロナ感染防止のために中学のクラス会が開かれることはなかった。  私は2017年から市の公園で働いているが、私は去年の誕生日で満76歳になり、後期高齢者となった。公園で働く除草班の後期高齢者のメンバーがこの2年間で4人も亡くなり、同じくこの2年間で、体調不良…
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私と東浦町は切っても切れないほどの縁で結ばれていた

 1月8日に私が住んでいる大府市に隣接する東浦町の於大公園に出かけて行った。  東浦町は知多半島の付け根に位置しているが、これまでの私とは、何かと縁が深かった町でもある。  私は刈谷市にある公立高校に通っていたが、サッカー部に所属する同じクラスの男子から、同じ刈谷市にある商業高校に通う女子高生とは友人を介して知り合いになったが、彼女…
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ステンドグラス風に装飾された東浦町の於大公園の「このはな館」に行ってみた

 私は市の公園で働いているが、年末年始の休暇は12月28日から1月4日までの8日間であった。  50年来の付き合いであるスナックが3月31日で閉店するというので、年内に1度、顔を出したかったが、コロナ感染が怖くて、年末年始には行くことができなかった。  半世紀以上の付き合いになるが、この歳になっても理不尽なコロナウィルス感染のために…
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グローバルビジネス科の3か月間は、まるで10数年を圧縮したような充実した期間であった

 私は62歳で会社をRetireしてから、いわゆる職業訓練の一環として外国語学校I.C.NAGOYAの筆記試験と面接試験に合格して、2006年6月8日から授業を受けることになった。  最初の1か月間は外国人教師だけでなく日本人教師もいたが、まったく日本語が話せない状態の授業が続いて、クラス全体が少々ノイローゼ気味になっていた。  そ…
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他人のことながら、改めて宮仕えの辛さを感じたものである

 私は現役サラリーマン時代には取得済の運転免許証のほかに、入社後の5年間にわたり、フォークリフト免許、床上操作式クレーン運転技能講習修了証書、玉掛け技能講習終了証書、危険物取扱者保安講習修了証書、品質管理検定(QC検定)2級資格を取得した。  本社では倉庫管理者が不在のときには、床上操作式クレーンを運転したり、フォークリフトを運転した…
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第一回懇親会(The First Get-Together)のProgramがクラスメート全員に配られた

 私は満62歳の誕生日を迎えた月を最後に会社を退職した。  60歳の定年を迎え、会社から定年延長を求められたとき、1年契約で、もし年度途中で退職を希望すれば受理するという条件付きで、会社の要望を受け入れた。  私は定年延長2年後の誕生日に会社に退職届を出して、サラリーマン生活を終えた。  3社から再就職をしないかという声をかけても…
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生きがいのある生活を早く見つけてほしいと、私は心の中で願っていた

 グローバルビジネス科のクラスメート8人の2006年当時の印象 ― その ⑦  Mikaさんは、私がFACEBOOKを立ち上げた当初から、熱心に「いいね!」を付けてくれている。先だってはコメントもしてくれた。  私は新婚当時のMikiさんのお宅で、グローバルビジネス科の新年会をやることになり、電車で出かけていったことがある。そのMi…
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かくして、私の正月3日間が通り過ぎていった

 私は市の公園で働いているが、年末年始の休暇は12月28日から1月4日まであった。  私にとって、この9日間は実に長かった。  それでも1月5日からは勤務が入っている。何ヶ月もステイホームを強いられた人を思えば、働きに出かけられるだけでも幸せである。  30日までは、習慣となったFACEBOOKに記事や写真をUPしたり、14年間、…
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高村高太郎の「牛」という詩は、何とも、不思議な力を持った詩である

 1月3日付の朝刊コラム「中日春秋」に次のような一文が載っていた。  【<牛はのろのろと歩く/牛は野でも山でも道でも川でも/自分の行きたいところへは/まつすぐに行く>。新年はウシ年。高村光太郎の有名な「牛」を連れてくるとする。  <牛は急ぐ事をしない><ひと足、ひと足、牛は自分の道を味はつて行く>。この牛は急がないが、着実に前へと進…
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風の便りによれば、彼は定年まで、教職に就いていたとのことである

 私は現在、市の公園で働いている。  私が所属する班は、管理事務所とバーベキュー場で就業しているが、公園にはもう一つ、除草班があり、その除草班のメンバーの中に高校時代の2年後輩の女性が働いている。  彼女は名鉄三河線の高浜港駅の近くに実家があり、そこは私と高校2年と3年のときに同じクラスだった同級生の家に近くだったので、彼のことをよ…
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今は一刻も早く、コロナ禍が終息することを望むばかりである

 中日新聞の1月1日付の朝刊コラム「中日春秋」に次のような文章が載っていた。  <一休和尚が詠んだという新年の狂歌がある。<餅つかずしめかざりせず松たてずかゝる家にも正月はきつ>。お金がなくとも、にぎやかに飾らずとも、やってくる。正月のありがたさよ。江戸の人に好まれた歌らしい。  故郷の人と会わずとも、街ににぎやかさはなくとも、やっ…
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