【go for broke(当たって砕けろ)】という意気込みだけは持ち続けていた

 私は35歳のとき、社長から三菱重工の営業担当を命ぜられた。
 私は三菱重工の売上を5年で5倍、10年で10倍にすると公言した。そう口にすることで、自分自身にハッパを掛けていたのだ。
 三菱自動車やデンソーの営業担当をしていた年下の同僚から、「それはあなたの自己満足ですよ。」と揶揄された。
 代々の三菱重工の営業担当が必死で売上を上げようと四苦八苦してきたのを、中途採用のしかも入社3年目の私が、いとも簡単に売上を上げてみせると言うのである。あきれ返った奴だと思われていたのかも知れない。
 私にとっては何も根拠のないことではなく、3ヶ月がかりで三菱重工の組立ラインを歩きまわり、自分の会社に合う部品がないかどうか捜し出した結果、自社の設備に合った製品が幾つかあり、営業のやり方次第で売上を上げることが出来ると考えたからである。
 「そんなの自己満足で終わりますよ」、そう言われても、私は気にならなかった。【go for broke(当たって砕けろ)】という意気込みだけは持ち続けようと思っていた。
 そのためには、次の三つのことだけは守ろうと心に決めて、実行に移した。
 三つの事とは、①稼働日の日には必ず客先に顔を出すこと。②自分の会社の設備に合った製品は必ず客先に伝え、見積を取らせてもらうこと。③自分の会社の評価が低い部門には必ず訪問のときには顔を出すこと。
 それから毎日、その課題をクリアするために、昼食後は必ず三菱重工に出掛けて行った。
 1年後、日参に甲斐があったのか、年間3億円の売上が見込める製品の見積照会が私の手元に届いた。
 5社競合見積で量産開始は次の年の春と書き添えてあった。真っ先にそのことを社長に報告したところ、製品の内容は私が一番よく知っているから全て任すとのお墨付きをもらった。
 場合によっては、その製品加工に必要ならば、専用の設備を投入してもいいとまで言ってくれた。
 材料は鋳鉄品であったため、鋳造メーカの営業部長に声を掛けたところ、価格は任せるので何としてもその製品を受注してほしいと懇願され、自分なりの知識を振り絞り悪戦苦闘しながらも見積書を提出した。
 それから、三菱重工の発注元である資材部に日参したが、発注担当者は各社の見積情報が漏れるのを恐れたのか、なかなか会ってくれようとはしなかった。
 それでも、発注担当者が会ってくれるまで、面談ロビーで待ち続けた。やっと顔を見せても、たった一言「まだ発注先は決めていない」と素っ気ない。
 それでも諦めず、資材部に通い続けた6日目に、客先の発注担当者がやっと本音を語ってくれた。
 【5社とも見積価格にそんなに差はないことから、この製品の発注は、課としては出向者を一番多く引き受けてくれている某社に発注したらという意見で纏まりつつある。実は今まで、私はあなたの会社に好意を持っていなかった。口惜しいけれど今回は、この1週間のあなたの熱意と人柄には負けた気になっている。あなたのいる会社だったら、発注しても安心できると思うので、今から私が独り言を言うから、あなたがそのことに納得できたら、あなたの会社に発注したい】と言ってくれた。
 発注担当者は何事もなかったように5社の見積価格の中の一番安い価格を呟いてくれた。「正式見積書を明日提出します」と言った自分の言葉が震えているのが分かった。私は天にも上る心地で頭の中は真っ白だった。
 早速、社長と鋳造メーカの営業部長に電話を掛けると、両方とも遅くなっても待っているから寄ってくれとのことだった。
 まず鋳造メーカに寄ったところ、社長以下数人の幹部が私の帰りを待っていてくれ、鋳造品の価格を提示したところ、誰も何も言わず、私は握手攻めにあってしまった。
 もうすでに鋳造のコストダウン案が作られていたのかも知れない。
 その足で社長宅に赴き、経緯を説明し、帰路に着いた。
 車を運転しながら、とめどなく流れ出てくる涙が心地よかった。「自己満足でも夢を叶えることもあるんだよ」と私は呟いていた。
 翌日、技術担当の常務から量産時のコストダウン案を聞かされ、目標である利益率8%は確保できる見通しが付いた。
 売上も5年で5倍になるのは間違いなかった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント