妹は兄と違って、純情無垢な性格であった

 10月21日の中日新聞の知多版に「昭和の乗り物 紙工作で再現」という記事が載っていた。
 その記事の中に「内装のつり革まで丁寧に再現したボンネットバスや、リアルな使用感を表現したオート三輪など完成品ン二十一点を展示。」とあったので、公園の勤務がなかった22日の昨日、見に行った。
DSCN8447 (2).JPG さして見学する人は少ないないだろうと思っていた私は、完全に間違っていた。
 私と同じように昭和時代の乗り物に愛着を持った人たちが数人、ガラスのショーウインドウの前に並び、懐かしそうに見入っている。
 私も上述のミニチュアの【リアルな使用感を表現したオート三輪】の前で、思わず立ち止まっていた。
 オート三輪には特別な思い出があったからである。
 私は大学に入学してから、母親の知り合いから頼まれて、週4日、小学生時代の同級生の妹の家庭教師をするようになった。その妹は中学3年生であった。
 彼女は聡明な子で、唯一、英語だけが苦手であった。
 父親は市内で建築設計会社を経営していた。
 妹が名古屋の高校に合格してから、私は小学生時代の同級生と仲良くなり、父親の建築設計会社が所有するマツダのオート三輪で、運転免許を持っていた彼が運転して、知立市や刈谷市など、あちこちに遊びに行くようになった。
 週に1回の割合で、そのオート三輪に乗り、これも父親が経営する刈谷市の材木販売店に行くようになった。事務所奥の部屋で彼の友だちと麻雀をやるためであった。
 あるとき、負け癖の付いた彼の友だちが帰ったあと、2人で刈谷市の飲み屋街である桜町の居酒屋に飲みに行ったことあった。
 その居酒屋には、店のご主人の娘が働いていた。
 その娘は私たちの同級生で、いかにもゲラ子で愛嬌のある女性であった。私はその女性から小学生の同級生の彼を好きになったと聞かされてから、麻雀を早く切り上げて、週に1回はその居酒屋に彼を誘って飲みに行くようになった。
 何ヶ月が経ってからであろうか、私の知らないうちに小学生時代の友だちとデートをするようになったことを彼から聞かされた。
 相変わらず、週に1回の麻雀は続いていたが、2人でその居酒屋には行くことはなくなった。
 1年ほどが過ぎたであろうか、久しぶりに私は1人でその居酒屋に顔を出した。
 居酒屋には彼女はまだ働いており、私の顔を見るなり、奥座敷に連れて行き、急に涙を流し始めた。
 小学生時代の同級生と別れたというのである。体の関係を持っていたが、一方的に別れを告げられたとのことである。私は彼女の愚痴を聞くことしかできなかった。
 相思相愛だと思っていたが、はたして別れた原因は何だったのだろうか。
 私は小学生の同級生に彼女と別れた理由を尋ねてみた。
 付き合ったら、体の関係になるのは成り行きで、ほかに好きな子ができたので別れただけのだと聞かされ、私は二の句が告げることができなかった。しかも今、彼が付き合っている女性はやはり同じ市内に住む私たちの同級生であった。
 私はそれ以来、彼との付き合いを断った。ひょっとすると、私は彼が関係を断った女性に好意を持っていたかも知れない。
 ただ、10年後に母親が亡くなったとき、自宅で行われた葬儀に来てくれたので、なかなか行きづらかったが、結婚していた彼の家に香典返しを持っていった。玄関に出てきた奥さんは同級生ではなく、私のまったく知らない人だった。

 これは余談だが、小学生の同級生の妹は結婚が決まってから、「相手の家には持って行けないから」と私が家庭教師時代に渡した参考書と単行本数冊を携えて、私の家にやって来た。
 妹は兄と違って、純情無垢な性格であった。

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